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waterloo
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いまさらながら、60年代半ばのイギリスには4つの強力なロック・バンドがあった。ビートルズ、ストーンズ、ザ・フーとこのキンクス(KINKS) である。最初のヒット曲<YOU REALLY GOT ME>はその4バンドの当時の楽曲中おそらく最もハードで力強く、またある意味では最も容赦ない、残忍なものでもあった。その後ビートルズがライブをやめてレコーディング活動だけになったものの相変わらず健在、ストーンズではミックとキースが自分たちで曲作りを始め次第に本領を発揮、ザ・フーがライヴでのピート・タウンシェンドのギターぶち壊しパフォーマンスで人気を維持していたのに比べ、キンクスの音楽はだんだん静かに内省的になっていき (リーダーのレイ・デイヴィスはキース・リチャーズと同様に美術学校の出身)、人気に翳りが見えるようになっていく。この美しいシングル<WATERLOO SUNSET>は、そういう状況の67年暮れのイギリスに発表された彼らの最高作アルバム『SOMETHING ELSE』-何か他のもの、人が取り扱わないもの- の最後を締めくくる。

『SOMETHING ELSE』のテーマは 「英国における階級社会の壁」 である。当時のイギリスの国内状況として、一般市民が社会的かつ経済的に生き残る道は、やみくもに勉強を続けて奨学金と高学歴を得る以外にはサッカーかロックのどちらかだけだと言われていたことを考えると、このテーマは当時一種のタブーであり、確かにタイトルに嘘はなかった。アルバム中の各曲には共通点を持った人物が登場していた。いずれも王室や階級の存在を無視するか否定する、あるいは自分自身を当の階級上位の人間として好き放題に振舞わせるというものだ。

一見痛快に思えるこの思いつきは、しかし聴き手にとっては、あまり居心地の良いものではなかったはずだ。やみくもの否定や大盤振舞は、やみくもでない現実を生きている我々にとっては逆に、決して崩れない制度の壁を、どんなことがあっても破綻しないシステムの存在とその強固さを、かえって余計に意識させてしまうからだ。そこに作者デイヴィスの狙いがあった。彼は自身独特のアート感覚と美的計算から楽曲を慎重に並べ、アルバムの最後に<WATERLOO SUNSET>を置いた。この、悲しいほどに空回りする『SOMETHING ELSE』のそれまでの苦闘と逸脱、極端と矛盾のすべてを、無条件に超越するものとしてである。

ロンドンのウォータールー駅付近。テイムズ川が流れ、その上をウォータールー橋が横切っている。夕暮れ時になれば通勤帰り、学校帰りの人、人、人でいっぱいだ。そんなウォータールーの夕べを、自分の家の窓からじっと眺めている年配の男性。人生の盛りを過ぎた彼にとって唯一のささやかな楽しみは、このウォータールーの美しい夕陽と若い恋人同士のテリーとジュリーを見ることである。この2人は歌い手である男性にとって、とても新鮮で微笑ましく感じられるのだ。

彼らが若いから? 仲がいいから? もちろんそれもあるだろう。けれどももっと大きな理由は、彼自身がその長い人生の多くの局面で味わうことになった "この国の階級制の仕打ち" を、彼ら2人はまだ知らずに済んでいるからである。思うように自分の人生を過ごせなかった彼は、テリーとジュリーの天真爛慢な姿に救われる思いがする。2人の中に何十年か前の自分自身を見、この先どれだけもないであろう自分の未来をせめてもの捧げにと、2人を見ることに託す。寄る年波で直接会って話すのはちょっと億劫だけれども、代わりにこうしてゆっくり眺めて見守ろう。そうしていれば幸せな気分だ。

けれども彼は、親心から同時に少し不安で心配でもある。無垢な2人が、やがてこのウォータールーに姿を現わさなくなるのではないかという心配だ。それは2人の仲が終わってしまうことであり、さらに言えば、2人に階級の仕打ちが訪れるという懸念でもある。自分が生きている間かどうかはわからないけれども、それは彼らに確実にやってくる。その思いが、先回りの予兆が、この曲の最後の薄暗い終わり方に結びついてくる。美しく優しく、微笑ましく、儚い。キンクスの演奏は、楕円を描いてゆっくり彼方へ去っていく。あの男性は、テリーとジュリーはどうなるのか。彼らの運命は、この曲を実際に耳にした者にそっと委ねられる。ドント・ウォリー、ビー・ハッピー。

中野利樹 (TOSH NAKANO)♠

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