U2の<With or Without You>は、アルバム『The Joshua Tree』からのリード・シングルとして1987年のポップ世界を文字通り席巻し、ヴェトナム戦争本格化と時を同じくした60年代後半からの断続紛争にまみれていたアイルランドの首都ダブリン出身の彼らの浮世的名声、神話的名声の両方を確固たるものにした、彼らの全キャリアを俯瞰するのみならず、以降の世の中におけるどんな主流ポップの証明書にも「絶対署名」されてきた一大歴史曲である。
<With or Without You>は、2つの小さな装飾的和音で浮かび上がる。曲を通して消えることなく全体を貫き、運命の蔦のように終始その全体に絡みつく「輪廻する銀のサークル・トーン」、そこに間もなく舞い降り、命綱のようにその輪廻に手を差し伸べる「無重力な金糸のロング・トーン」。2つのキーボード音は回り始めたばかりの音楽の内側でひたすらに美しく、細く、気高く、脆く、遠い。その2音だけでも、わざわざ時間を割いて午前2時に聴く価値があると言えるほどだ。
その切なる期待と大望に反し、何度必死に懸命に耳を傾けても、聴き手は最後まで<With or Without You>を存分に手中にすることは出来ない。それは追いつくということのない永久音楽である。人々は、この曲のこだまが連れて行くその「たった1つの場所」へと何とかして辿り着こうと願い、実際に曲の中でそう求め、もがき、走って、止まる。聴き手のそのあてどなく彷徨うさま、内なる流浪の全体。それこそが、この決して捕まえられない永久音楽の正体、つまり「これ」である。
<With or Without You>は聴く人々の姿勢をじっと深く、不可逆に正した。わずか数分の間だけ、内と外の姿勢の双方=夢とうつつの姿勢の両方を。その音楽の始まりは終わらない終わりを事前に知り、その終わりは、また再び始まらんとする始まりを天地に返した。1987年も、2017年にも、2027年にも。あたかも人間個人の預かり知らぬところで無情に輪廻する生と死、愛と放棄、遺言と承継、最後の瞬間にだけ気付ける抱擁と永遠のように。「この曲のイントロ以前とアウトロ以後」のようにである。
その4分56秒は静かに、劇的に「墓碑銘」を拒んだ。一介のポップ・ソングに用意された墓標には遥かに大き過ぎ、単一の石には書き切れなかったのだ。そしてそれ以上に、<With or Without You>の沈黙と炸裂と祈りの言語はあまりに複雑すぎて、あまりに豊潤過ぎて、わざわざ他の物質や物体に書き遺されようとはしなかった。たとえその空白の銘の前に、誰かがじっと長く、立ったままで待っていても、いなくても。