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springtime
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1982年に33歳で亡くなったアメリカの革命的ロック評論家レスター・バングズ(LESTER BANGS) が、かつて自分の大好きな音楽ジャンルの先行きを憂いて、こう予言していた: 「ポップ・ミュージックは近い将来、部屋のスプレー芳香剤みたいな軽い存在になっていくだろう」。その芳香剤の詰まったCDを1枚聴いた。ただし、その予言とは釣り合わない意味で。スウェーデンの男女2人組ユニット、CLUB 8のセルフ・タイトル・アルバム『CLUB 8』が噴霧する稀少で端正な部屋の香りは、深い眠りに就いたバングズを誘惑し、ついでに墓から起こしかねない

『CLUB 8』の芳香スプレーの顕著な特徴は、その香りの粒の1つ1つが、固有の温度と湿度を宿していることだ。それは香りだけでなく、季節を塗り替えるスプレーである。オープニングの<LOVE IN DECEMBER>で聴ける繊細にして圧倒的な冬は、彼らの出身地であるスカンジナヴィアの12月という以上に鉤かっこ付きの「冬」であり、カロリーナ・コムステッドの忘れ難いささやきヴォイスからこぼれる結晶のような白い吐息に、それに作曲・演奏・制作担当のヨハン・アンゲルガイトが奏でる音の織り機のような簡素にして流麗なアレンジメントに、その「」が強く感じ取れる。「透き通った北欧の冬」や「どこどこの冬」でなく絶対的な冬、「ただの冬」である。

「これは / 12月の終わりの愛 / 静かな夜 / そして静かな星」。<LOVE IN DECEMBER>がひときわ素晴らしいのは、そのただの「冬」がどうしてこんなに心動かすサウンドになっているのかを静かに語っていくからだ。はじめはロマンティックに、メランコリックに思えたCLUB 8のウィンター・サウンドが、そのあと違ったものに姿を変える。「夜が長くなる時 / あなたは眠りに落ちる / そしてもう / 2度と目覚めない」。「ここにいるわ / そばに座っててあげる / 春が来るまで / ずっとあなたを待ってるから」。セピアの陰影を残すアクースティック・ギターがそのメロディーを横切る頃、聴く者はそれが死の床であるという事実を ―― それが12月の終わりの愛である理由を ―― 知る。

<LOVE IN DECEMBER>の絶対的な冬はそのまま、ひとつの絶対的な死、絶対的な愛を伝える。この、最後を看取る恋愛というイメージにはこれまで数多くの悲劇的恋愛映画やドラマのハイライト・シーン、ラスト・シーンが内包されてきているけれども、イメージの残照という点ではそれらの映像の大半は、この曲が描いている深く控えめな音のヴィジョンに及ばない。<LOVE IN DECEMBER>は音楽的かつ映画的なのだ。数は少ないながら1つの例外として思い浮かぶのは、1981年のブライアン・ディ・パルマ映画 『BLOW OUT』(『ミッドナイト・クロス』) のクライマックス。米大統領選の立候補に絡む交通事故死を偽装した殺人事件を偶然追求することになったC級ホラー映画専門の音響技師ジャックを演じるジョン・トラヴォルタ(JOHN TRAVOLTA) が、その事故車から彼が救い出し、共に真相究明していくうちに互いに愛情を感じ合う間柄になるナンシー・アレン(NANCY ALLEN) 扮する過去ある売春婦サリーを、博物館の屋上でそっと抱き起こす。一足違いでサリーは殺されてしまった。間に合わなかったのだ。

間に合うはずだった。その夜が本家本元の自由のパレードで沸き返るフィラデルフィアのリバティー・デイの夜でなければ。サリーの生死に興味も関係もない無数の群衆たちが通りにどっと溢れ、文字通り懸命に救出に向かうジャックの行く手を阻む。間に合わなかった。ほんの少し前に冷たくなったばかりのサリーを抱きかかえ、ジャックは天を仰ぐ。リバティー・デイの夜の花火が咲き乱れる天である。自由と独立とを高らかに謳う無情の美しい花火。無数の花火のその渦が、無数の群衆たちと共に2人の行方など知ることもなく、その地上の1つの愛の終わりについて、何らの動揺も見せずに自由の夜空を眩しく高らかに祝い照らし、有無を言わさずその渦の中に、人々すべてを巻き込んでいく。

そのシーンは卓越したカメラワークと編集技術、ピノ・ドナジオの印象的なサウンドトラックと共に、数ある愛と死の中でもとりわけ観る者の心に長くとどまるカットであり、監督ディ・パルマのハイライトであるだけでなく、当時実際に不遇な日々を送っていた、俳優トラヴォルタの生涯最高の瞬間でもある。この時でなければ創り出せなかったと思われる永遠が、スクリーンに滲み出るからだ。その花火のスロー・モーションの中に、ひとつの絶対的な死がある。しかし『CLUB 8』の永遠には愛と死だけではなく、冒険と再生の春もちゃんと用意されている。<A PLACE IN MY HEART>ではカロリーナは、通りで見かける名前も知らない彼との恋に期待をかける。全体の調子は、ちょっといたずらっぽい感じだ。どんな10代のフランス映画に出てきてもぴったり合いそうな軽やかなキーボードのリングが、その期待自体のフックに、先導役になる。 他にもまだある。本来なら相容れない内容の歌詞とメロディとを組み合わせることで生じる新たな、美しい一体感といったものがそれで、簡素な<HOPE FOR WINTER>の清々しいとも言える迷いや戸惑い、わずか50秒のトラディショナル風<LONDON>の暖かな皮肉は、初めは聴く者をしばらく立ち止まらせ、聴き終わりには豊かに、なぜか鮮やかにもさせていくものだ。

『CLUB 8』がたったの32分間でもって語っていることは、人の生涯には冬と春の両方が必要であり、どちらかが欠ければ、もう一方の存在も消えてしまうということである。この世に愛があるからこそ、曲がりなりにもその存在を知っているからこそ、別れがつらい。避けてしまいたい。『CLUB 8』の奏でる世界においては、ぽかぽかの陽だまりと黒い影とは同列である。<LOVE IN DECEMBER>と<A PLACE IN MY HEART>とが、天地を隔てながらも互いに語り合う友に感じられるのと同じ具合にだ。「魂のために祈るの / この心から生まれてくる / 何かのために」。<SAY A PRAYER>のコーラスでカロリーナが優しく告げるその「何か」を捜し求めるドリーム・ポップ ―― それがCLUB 8の見つける最上の音楽である。『CLUB 8』を聴いたあと、冬と春は、愛と別離は、人の陽と陰は、そんなにかけ離れた場所にはないと聴く者が感じ取るのだとしたら、それはちょうど<SAY A PRAYER>の印象的なピアニカのフレーズを転用した35秒のインストゥルメンタル<THE SAND AND THE SEA>で聴けるように、寄せる波と返す波との違いのようなものだからかもしれない。

このアルバムをずっと聴いていて、遠く小学生の頃、運動場に雪の積もった冬に担任の女性の先生が、終わりのホームルームでクラスの皆に質問していたのを思い出した。「冬と春のいちばん違うところは何ですか」。「冬は雪が降ります!」と真っ先に答えたのは元気一杯の自分だったけれども、結局のところ、その男子小学生は勢いだけのお調子者だったのではと考えざるを得ない。今となっては、そのあとに手を挙げた女子のひと言のほうが100倍詩的だからだ ―― 「冬は花が咲かないけど、春はいっぱい咲きます」。『CLUB 8』は、季節を問わずその花を開かせる音の肥やし、簡素でリッチな夢の芳香スプレーを思わせる。冷たくて硬い真冬の、日陰の土でも。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

With thanks to Greenhouse & YKRinguine.

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