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rob_crow
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ロブ・クロウ(ROB CROW) の2011年10月作『HE THINKS HE'S PEOPLE』では、冒頭の曲がかかり出して10秒もしないうちに、聴き手は早くも「サビ」に乗せられる。さっと聴いてもじっくり聴いても、結果は同じである。こちらの聴取スタンスは関係ないのだ。その音楽は、受け手がその時何をしながらこれをかけ、どんな気持ちでそれを流しているのかをほとんど問題にしなければ、大して気にもかけない。わざわざ訊ねなくとも、そんな事はハナから分かっているのだと言わんばかりだ。けれどもその音は確かにこちらを気にはかけないものの、ついでに鼻も引っかけない、というわけではない。聴き手は最後の曲<HANGNAILED>を聴き終わったところで思う。本当にクロウは、ハナから分かっているのではないかと。

90年代の初めからHEAVY VEGETABLEやTHINGY、PINBACKといった複数の一癖あるバンドや毛色の違うプロジェクトに怪人20面相のようにひょっこり顔を出し、出すだけでなく、彼ならではの差異のくっきりとした個性的で絵画的ともいえるアートな存在感を、それぞれのサウンド上に記録してきたクロウ。よく見る写真は小太りで、往年の巨匠映画監督オーソン・ウェルズのように豊かで立派な顎ひげをたくわえているもので、どちらかというと、あまりロック・ミュージシャンという感じではない。聴く方としては<BE BEARD>(顎ひげになって) という曲が、アルバムのどこかにないか探してみたくなる。1曲目の<SOPHISTRUCTURE>は彼の造語によるタイトルだが、その「あっという間にもうサビ」な幻惑と脱胎のサウンドは、文字通り「sophisticate」(洗練) +「structure」(構造) そのものに聴こえる。

骨だけを取り出してみたら、何とその骨には肉がまだ付いていた、という聴感上の質感。それに加えてクロウの作品は大体そうなのだが、全体的にどれも曲が短い。『HE THINKS HE'S PEOPLE』には13曲がたっぷり入っていながら、総収録時間はわずかに33分。CDのリミットである80分ギリギリまで曲を詰め込む事も多い最近の親切な傾向とは真逆である。4分を超える曲は1つもなく、実に3曲が1分台で6曲が2分台。しかし、聴き手としてはそれで十分満足なのだ。先ほどの洗練と構造がその33分を終始貫き維持するために、リスナーはこのアルバムの中で自分自身の普段の正常な時間感覚をあっさり奪われ、その体内時計を束の間見直すことを迫られる。

続く<SCALPED>(剥がされて=一杯食わされて) も同様にして題名の約束を難なく守る。10秒と言わず、この曲は3分21秒すべてがサビの連続、フックのうねる波であり、受け手はその寄せ来る音像の波を越えても越えてもフック、つまりサビ以外の時間をその曲に見つけることが出来ない。いつかサブメロが来てホッとできると信じるのをよそに曲はそのまま終わり、題名通りに一杯やられる。アクースティックとリズミックとの瞑想をはさみ<PREPARED TO BE MINED>(採掘 [=爆破] に備えて) では、ふいに訪れる多重コーラスがそれぞれに別々のフレーズを別々のタイミングで、別々の方角と聴き手の別々の耳に向けて一瞬に同時に放つ。1度目には何が何だかこちらには分からず、2度目には何とかそのコーラスの群れについて行こうとし、3度目にはその多重の群れがやって来るのを楽しみに待つ。短時間にその洗練の群れに鍛えられた急造ハンター、あるいは作業の間じゅうこのアルバムがトンネル内にがんがん響き渡っている、臨時雇いの採掘従事者のように。

このアルバムにはフレーズやリフ、リズム上のリピートや反復が実際には多数あるのだが、クロウの、それに『HE THINKS HE'S PEOPLE』の特異でユニークな特徴は、「何だまた繰り返しか」と受け手に一切思わせない点にある。それよりもむしろ「何だこの繰り返しは」と感じさせるのだ。ある意味で催眠的ともいうべきその洗練と構造のゆえに。<SO WAY>(だからその道) は音のハシゴを順調に駆け上がるクロウのヴォーカルが、予告なしに急降下してリピート展開する。びっくりしたのも束の間、今度は勝手に元に戻り、全然違うメロディにもたれかかる。そのメロを果たして信用していいのかどうか決めかねているうちに、またいきなり最初の降下メロディが再びピシャリと舞い戻って、混乱する耳を叱りつける。もう一度タイトルをよく見るように、と言い聞かせるのだ。

最終曲<HANGNAILED>(逆[さか]むけて) では子供が一生懸命に、かつ全くの出任せに叩くようなおもちゃピアノの積木の山からクロウの顎ひげが飛び出し、その先端が直後に現れる軟体動物の如く脱力するギター・フレーズに引っかかってカールするのが聴こえる。逆むけるのはそのひげとギタリスト=クロウの弾いている爪だけでなく、聴いているこちらの心理でもある。事前直前の聴き手のぼんやりした音楽への期待をあっさり上回るだけでなく、その期待とは違う、異なる方向にその期待を転換させてしまうからだ。こちらの心臓がまばたきしている間に。自分の爪の逆むけを気にしている間に。

単に名付けられたという以上の役割をある時はユーモラスに、ある時は裏返しに、そしてある時はあたかも黙示的に果たすその曲名の付け方、タイトリング。そこで聴き手は、このアルバム自体のタイトルについて考える: HE THINKS HE'S PEOPLE ―― 彼は自分を「人々」だと思う ――。彼なのに人々? なぜ? スラング表現でPEOPLEがPERSON、つまり単数の「人」を単に指すということの他に、その「人々=PEOPLE」とはおそらく、彼と彼の音楽とが語りかけている聴衆、聴き手のことも暗に指している。ロブ・クロウは第一にまず作り手であり、同時に第二にその受け手でもある。アーティストであり、かつそれ自身のファンをも兼ねる。HEがリスナーの聴く前の姿勢や状況や心持ちにそっと忍び込み、PEOPLEはその聴き終わりを聴き手の間近で見届ける。その音楽をこちらが思いがけず記憶に留めることを、その洗練と構造自体があたかも事前に了解していたかのようにである。一風変わった、しかし単に一風でない心象を変速再生するサビと自分自身に報いる多彩な万華鏡反復、一度に多くを取り出し物語る題名と、幾通りにも笑うリッチな顎ひげの後ろから。クロウはハナから分かっていたのだ。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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