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michael
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ポップの世界には、アーティストが伝えようとする事と受け手がそのアーティストから得ようとする事との間に、時として如何ともしがたい溝が、隙間が、時差が生じることがある。アーティストが今あるそのアーティストになったのは、取りも直さずそれら受け手が、ファンがいたからこそなのだが、その両者の関係上には一方で常に、大衆芸術文化下ならではの落とし穴も、同時に存在し続けるのだ。ファンは大好きなアーティストに対し、固定の、あまりフレキシブルではない、単一の繰り返されるイメージ像を要求し続ける傾向が強いのである。

そのアーティストが並みのアーティストでなく巨大なアイコンである場合、そのイメージは持続的に強固に、自動的なまでに頑強なものになる。ファンのイメージ支持力と熱量が、ケタ違いに増大していくからだ。その頑強さ、屈強さからの転換は、どんなアイコンにとっても至難の業となる。アーティストが仮にそのまま転換・脱却路線を直線的に歩み続けた場合、相当数のファンは、自分自身をファンであると自覚させている力の源であった、そのアーティストの元々のイメージからは徐々に遠ざかることになり、アーティストは遅かれ早かれ、何らかの形でいずれはそのファンの、一番最初の熱量を失う。そういった流れは、ポップの領域では起きるときには起きる。どんなに強大な人気と実力を備えた、絶対的な存在であってもである。

マイケル・ジャクソン(MICHAEL JACKSON) のあまりに突然で悲劇的な、不審であり、ある点において疑わしいとさえ言える死から1年以上が経過した現在、彼の全レパートリー中、その死の前後で明らかに意味するところの変わった曲がある。87年の<MAN IN THE MIRROR>は、マイケルにとってのその「転換点」であったのだ。「僕は / 自分の人生で / 今度こそ変わろうとしている」。出だしの歌詞の通りに、その転換点は当時から彼自身にとって明白な、くっきりとしたものであったのだが、ファンにとっても同じくそうであったとは、必ずしも言い難い。

『THRILLER』の次に出た『BAD』を聴いた世界のファンは【『BAD』の方が素晴らしかった。『THRILLER』よりこっちのアルバムがもっと気に入った】とは思わなかった。むしろ『THRILLER』を愛すればこそ、『BAD』のプロデュースをしたのが『OFF THE WALL』や『THRILLER』と同じクインシー・ジョーンズであるとは、なかなか信じ難かった。マイケルのファンは『THRILLER』から5年、のどから手が出るほど待ちに待った夢の新作『BAD』を、どう受け取ったらいいのかが分からなかったのである。

『BAD』は『THRILLER』のような輝ける金字塔とも、『OFF THE WALL』のような耐久性ある傑作とも微妙に、かつ本質的に異なっていた。その新しいアルバムの音楽は、大別してリズム過多かメロディー過多かのどちらかに収まり、全世界待望の新譜は金字塔ではなく、単に新しく作られたという事実が自分自身の基礎となる灯台を思わせた。新建築であるがゆえに全体はピカピカと輝いているものの、肝心の光量そのものは、金字塔の基準に照らすと平均を大きくは凌駕しない灯台である。世界のファンたちは、自分自身の力強いイメージ支持力と継続的な忠誠心とに従って、そのアルバムに熱狂しはしたものの、その前後においてその音楽を真に絶賛することも、あるいは心底落胆することも出来なかった。それは奇妙な時間だった。その奇妙さが、『THRILLER』以前には存在しなかったエア・ポケットを、ファンとマイケルとの間に生じさせた。これは別に、いわゆる駄作とか失敗作とか、そういうのじゃない。でも…。

マーケット・リサーチ的に言えば、当時のマイケル・ファンたちは『OFF THE WALL』か『THRILLER』のどちらかの購買者、またはその両方の顧客であった。人類の大部分がこの先2度と経験することがないだろうとさえ思えるほどのあの興奮と熱気、胸騒ぎ、空騒ぎ。その正常ではないポップ・フィーヴァー、空前絶後の消費フィーヴァーの中で、『BAD』の真新しい灯台にかかる光に対する期待と希望の荷は重かった。87年のあの時、ファンは【『THRILLER 2』でもよかったのに】と思ったのではなく、まさに【『THRILLER 2』が欲しかった】のだ。それだけを、実は望んでいたのである。そのことを "人類史上最も成功したエンターテイナー" (ギネスブック)、 毎時毎分その存在にまつわる何かが、そのどこかが肥大していくという人類初の特殊なポップ・アイコンであるマイケル・ジャクソンは見抜けなかった。そして見抜けなかったマイケルの人気・実力・フィーヴァーとは違う種類の要素が、その『THRILLER 2』と『BAD』との間の空虚なエア・ポケットで、小さく産声をあげた。彼はシリアスになろうとしていた。ポーズとしてではない。今までとは違う自分を、自らのその特殊なアーティスト性の中に、作品として見出そうとしていたのである。

"KING OF POP" という枕詞は、まだそのとき存在していなかった。しかし、まさにポップのキングとして他の追随を許さない、激しく、情熱的に、華麗に、そして何より、誰よりもカッコよく歌い踊るマイケルは、<I JUST CAN'T STOP LOVING YOU>から<DIRTY DIANA>までの5曲のシングルが連続して次々にビルボードHOT100の1位へと到達していく間、自身の見えざるエア・ポケットに何が入っているのかを語ることはなかった。いや、語ってはいた。それら5曲のうちの4曲めの1位曲は、<MAN IN THE MIRROR>だったからだ。しかし、彼にとって明白で大切で、特別な転換点であるはずだったそのシリアスな音楽 ――、華麗でもカッコよくもない、その地味で生真面目な音楽は、単に "1位になっただけの曲" として ――、それまでもそれからも、いくつもあるマイケルの「普通のNO.1ヒット」の1つとしてファンの前を、人々の前を通り過ぎていったのだ。

<MAN IN THE MIRROR>の生真面目さとシリアスさは、1987年に、そしてそれ以降に、「人々がマイケルの音楽から欲しかったもの」ではなかったのである。それはシングルの<BAD>や<THRILLER>のように聴かれたに過ぎなかった。その音楽は、単に消費された。空前絶後の熱狂と混乱の只中で、深くは聴き分けられぬままに、聴き流されたのだ。『THRILLER 2』を望んだほとんどのファンは、そこにあったはずの転換を受け損なった。あるいはそもそも、その転換自体に気づかなかった。「きっとぼくは変わる / それはたぶん / 正しいことなんだ」。それが果たして誰にとって正しいことだったのかというマイケルの、自身のイメージ移動に向けての対話とその呼びかけは、人々の間で頓着、考慮されることはなかった。彼が死ぬその日までは。

2010年。記録的な酷暑のあとの秋。マイケルのいない世界の今日は、散漫で雑多な日常の中でぼくらが彼に関して見聞きするあれこれのほぼ全てが、その交わされなかったポップの相互会話と<MAN IN THE MIRROR>の失われたエア・ポケットを思い起こさせる。ずっと以前からそこにあった生真面目さと地味なサウンドとシリアスな歌詞、その全体が彼の一番最初の、彼にとって一番重要な、人々の心に最も永く記憶されるべき転換点であったことを、彼のいない世界と彼の去ったポップ領域は、日々ぼくらに語り続けている。『THRILLER 2』をあの日望んだファンたち、それは世界に散らばり、今も生きているわれわれである。完売しながら実現されなかった最後の、50歳での50回のロンドン・ライヴ、そのリハーサル映像を映画化した『THIS IS IT』を見るたびに、そこにある種の罪の意識に似たものを感じることがある。それは現在も今後も世に出続けるであろう、彼の生涯に関するまやかし本やスキャンダル本の冴えない商売ネタのような、ゴシップ的な意味合いではない。

その白人のような、超人のような黒人パフォーマーの ――、華麗に、誰よりもカッコよく歌い踊る50歳の例外的ポップ・アイコンの変わってしまった顔と変わらなかった細身のシルエット。『THIS IS IT』に、それに彼の音楽をいま聴くときに罪の意識を感じるのは、そのシルエットを包んでいる変わらぬ黒いスマートパンツのポケットのどれかに入ったままの、彼が終生望んだイメージの走り書きを ―― 変わらなくてはならないのならば、自分自身に出来うる限り、ファンに愛されながら変わっていこうと決めたがゆえに苦闘したキング・オブ・ポップの知られざる真のイメージ、そのメモの切れ端を ―― 別に意識しなくても想像出来てしまうからだ。われわれの多くが一度は見落とし、見限りさえした、1人の人間の転換点を印した、汗と涙でにじんだままの切れ端をである。

その切れ端には<MAN IN THE MIRROR>の最も印象的な、それにおそらく、彼の全キャリア中最も永続するであろう言葉が ―― その言葉を乗せて運ぶ地味で生真面目なサウンドとともに ―― ポップの時差で、遅れてこだましている。長い年月を経て、その切れ端の残りの半分は今、ようやく彼のもとに一回りして戻ったのだ : 「夏の間に捨てられたもの / 壊れてしまった瓶のふた / ひとりの人間の魂が / 風に吹かれて / 追いつ追われつ / 舞っている」。

ひとりの人間の魂は、ポップの領域における不可侵の、あの屈強なイメージの法則から逃れた。その魂は、あの転換が誰にとって正しいことだったのかを、今はもう問いかけてはいない。それはこれから先の長い間「誰に」とってではなく、それよりさらに大きな「何に」とって正しいことであり続けるべきなのかを、残され、散らばったわれわれの日々に静かに佇み、心を込めて語り続けている。<MAN IN THE MIRROR>をかけるたびに風に舞うその魂を、元の持ち主のポケットに直接返すことは、もう出来なくなったこの世界で。R.I.P.

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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