今言ったことのすべてが、メイシー・グレイ(Macy Gray) の<I Try>で2000年に実際に起きたことであり、それは今日もまだ同じように起きる。この強烈に心震わせる時代遅れのソウル曲は、何の前触れもなく突然現れた彼女の画期的なデビュー・アルバム『On How Life Is』(人生のありようについて) からの2枚目のシングル・カットだったのだが、時が経つに連れ、それ以上のものになっていった。
その We are not の not を歌うグレイの声は、まるでそれが not でないかのように、あたかも穏やかな是認であるかのように聴こえる。そう聴こえるように歌ってみせることで『これは notなんかじゃないんだ』と言い聞かせているように聴こえる。「過去のどんな自分よりも辛い今の自分」にである。
そういう具合にでも歌わなければ、彼女にとってその否定、その別れは「精一杯頑張ったから乗り越えられるという種類のものではないのだ」ということが聴く者には伝わる。その not が彼女と聴き手との間に横たわっている距離を、通常のアーティストとファンとの距離を超えて一瞬の間に縮める。それは彼女が単に歌を歌っているのではないと知ることであり、したがって聴き手は、単に歌を聴いているわけではなくなる。
その雑踏の冷たさが、あの小川の水のぬくもりに触れる日 ―― その日はいつか来ることだろう。しかしそれは今ではない。それまでは今日も明日も、きっと世の中は同じ世の中のままである。
その日までは<I Try>が、『On How Life Is』が、傷つきよろめいた人々に寄り添い、耳を傾け、語り返し、力づけ、抱きしめ続ける。微笑と涙とは、元々は明確な区別を持たない類似の、表裏同根の感情表現だったのかもしれない。