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lauper
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風の強い日の夜に行きつけのCDショップに立ち寄り、店内を色々と物色していたら、BGMがそれまでのピアノ・ジャズからシンディー・ローパー(CYNDI LAUPER) の<TIME AFTER TIME>になった。いきなりで多少驚いたが、別に店員が選曲を変えたのではなく、それは中古品CDの検盤再生だった。だからその曲が最後までかかったあと、店内はあっさりまた元のジャズに戻り、少しばかり肩透かしな気分になってしまった。

しかし、そんな中途半端な気分にもかかわらず、その数分間は「当時も今も、シンディー・ローパーといえば<TIME AFTER TIME>である」ということをはっきりと証拠立てていた。検盤再生なら、彼女のそのデビュー・アルバム 『SHE'S SO UNUSUAL』の1曲めでも何曲目でも、別によかったはずだからだ。実際、店員の記憶に誤りはなかった。<TIME AFTER TIME>は彼女にとって名曲の誉れ高い疑いなき代表作であり、全レパートリー中最も多くの人に聴かれ、最も多くのカヴァー版を贈られ、ローパー自身を最も有名に、そしてシリアスにもした84年のNO.1ヒットである。けれどもその日はなんだか、別のもう1曲の方を聴きたくなった。

<ALL THROUGH THE NIGHT>は、<TIME AFTER TIME>の次に出たロックな<SHE BOP>に続く、4枚目のシングルだった。世界のチャート上で「ローパー旋風」が吹き荒れる中、ヒットに不可欠なPVを持たずにその曲は5位まで上がり、ガソリン満タンで恐いものなしの一風変わったフェミニズム賛歌であるデビュー曲<GIRLS JUST WANT TO HAVE FUN>から4曲続けてのTOP5入りを果たした。そして女性ソロ・アーティストとしてのそのチャート記録とともに、<TIME AFTER TIME>に自分の空間をゆずりながら、この曲は、やがて表舞台から消えた。

「夜通しずっと / 眠らずにあなたと一緒にいるわ」「言葉を交わさなくても / 二人が同じことを / 感じてるってわかる」。<ALL THROUGH THE NIGHT>は全篇、どうということのない典型的なラヴソングの歌詞をたどる。80年代の洋楽ヒット曲に多少でも親しんでいた者ならいやでも日々耳にした、チープで耐久性の薄いシンセ・キーボードが、お約束としてここでも幅をきかせている。ただし、この曲とアルバム『SHE'S SO UNUSUAL』ではそのキーボードはきわめて効果的に、用意周到に、そして何よりきわめてラヴリーに配置・アレンジされており、そのサウンド上のラヴリーさが、彼女の歌声に聞ける唯一無二のユニークな物言う少女性と相まって "シンディ・ローパーという商品" を、その音楽を特徴づけ、輝かせていた。

当時の世相的流行のひとつとして、アメリカ黒人のスラム文化に由来するラップやブレイクダンス、ストリート・グラフィティの脚光があったが、ローパーの当初の音楽は、黒人以外によるその "耳で聴く落書きアート" であったかもしれない。束縛と常識と制限からの自由、行動と個性と発言の称揚が、出発時の彼女の音楽には聴き取れた。<ALL THROUGH THE NIGHT>は進む。「ふたりに過去なんてないから / 後戻りなんてしない」「これからの事だけ / 一緒に考えて / 夜通しずっと過ごすの」。ローパーは幸福感に包まれる。

曲の真ん中のキーボード・ソロが、ふたりの幸福と絶頂をバックアップする花火のような役割を、ラヴリーに果たす。「いったんメーターが倒れたら / ひと晩じゅうずっと走り続けるの / 今の2人に / 終わりなんてないから」。肉体的接触は精神的充足と分かちがたく、その隠喩は聴き手にとっては自然で受け入れやすいものだ。彼女の歌声にはこの手の曲にありがちな、この手の現実の恋愛話にありがちな独りよがりや滑稽さ、「頼みもしないのにこの世の幸せ勝手に独り占め」感はないからだ。その音楽は、相変わらずラヴリーなままである。しかし、その夜この曲を聴きたかった理由は、それではない。

終わりなんてないから ―― 。曲の最後の一行で彼女は12秒間、その最後の音『END』を身体から息が尽きるまで全身全霊で伸ばし、維持し切り、そうしながら同時に自分の現在の人生の地点に重ね、照らし合わせ、振り返り、あとにする。そのわずか12秒の間に<ALL THROUGH THE NIGHT>は人生の絶頂を語るものから、その絶頂がまだ人生の途中の一出来事に、途上のひとコマに、その一局面に過ぎないことを悟るものへと変わる。そこまで後退するのではなく、そこへと静かに目覚める。ものの考え、視野が一瞬にして広がるのだ。それが伝えることは、人の生涯では常に自分に把握出来る以上の出来事があちこちに待機しており、その把握出来ないものこそ肝要だということである。ローパーは生きることの真の意味のひとつが、その肝要さの中にあることを覚える。ほんのわずかのあいだに。聴き手に気付かれることなく。

彼女の「END」の裏側で寄り添うように折り重なるバックの男声コーラスが伝える祈念、真理を求め目まぐるしく変わる束の間のコード転換、その転換と連動して聴き手の視界と思界を広げる音場全体の展開。それらがひとつに合わさり、<ALL THROUGH THE NIGHT>は最後に自らの幸福、自らの絶頂を自身でくつがえす。そのエンディングは歌手であるローパーがそれまでの演奏時間で歌ってきたことではなく、それまで語れなかったことを ――、幸福と充足の花火のもとで気づかなかったがゆえに歌えなかった事を、一気に、鮮やかに劇化して終わる。その音楽は自分の知らなかったこと、思い至らなかったことを最後の最後に知り、見ることのなかった場所を眼前に見る。1曲の中で、歌手が覚醒するのだ。そしてその覚醒が終わり間際の突然のものであるがゆえに、聴く側にはあくまでも、それまでの幸福感と充足とを残したままで去っていく。クロージングの長い女声スキャットが、まるで天から初めて降った光と知の啓示に聞こえるのは、偶然などではない。

こちらは、その啓示を別にどうしようと構わない。ローパーの自己発見と天啓のスキャットは、聴き手を縛るといった類のものではない。しかし、その両方が一度に生じる音楽、何度聴いてもそれが生じるヒット曲、音楽の最終の要素としてそれが生じるポップというのは、2016年の今でも、他にはなかなか、すぐには思いつかない。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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