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inner_smile
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グラスゴー出身の中堅バンド、テキサス(TEXAS) の<INNER SMILE>のPVで彼らはこの曲をエルヴィス・プレスリー(ELVIS PRESLEY) に宛てており、その曲をエルヴィスに歌わせているのだが、問題はその結果がうまくいっているとか言うどころではないということだ。

有名な黒いレザーの上下を着て<INNER SMILE>のジャケットに登場し、1968年の名高いNBC-TVスペシャルをPV上で再演してみせるエルヴィスは、テキサスの女性リード・ヴォーカリスト、シャーリーン・スピテリ(SHARLEEN SPITERI) の巧妙な変装によるものなのだが、曲の最初のトーンが地上に降り立ったその瞬間から、それにTVスペシャル開演直前の楽屋での、無防備で孤独で真剣であるエルヴィスの姿をカメラが捕らえるPV導入部の時点から、その変装はすでに変装でなくなってしまっている。一種の乗り移りに近い感じがする。<INNER SMILE>のシャーリーン・スピテリは、いわば「両性具有のエルヴィス・プレスリー」であるのだ。

「ONE, TWO, THREE, FOUR...」。声ともため息ともつかない柔らかな囁きが、静かに<INNER SMILE>を手招きする。その囁きが後に続くこの音楽のムードと質感を決定し、聴く者を導く。ミステリアス ―― 、<INNER SMILE>の3分50秒を魅惑のヴェールで包み込んでいるのはその不可思議な神秘であり、シャーリーンのエルヴィスは、永遠に歳をとることのない天空の女神のように見え始め、聴こえ始め、それだけでなく、その神秘を終始維持し続ける。ヴォーカルは何か特別に加工されているわけではなく、ごく自然な感じで耳に入ってくるのだが、そこには他に還元しようのない持続的な美の空気、ムード、雰囲気があるのだ。

「ELVIS」の代わりに「TEXAS」と書かれた赤い電光掲示のあのステージに、シャーリーンのエルヴィスが姿を現わす。68年のあの時と同様、比較的少規模の、大部分が若い熱烈な女性ファンから成る観客が、歓喜の渦でそれに応える。セット上の細かな相違点を別にすれば、<INNER SMILE>の全体を通して映し出されるそれらの女性ファンは、当時の実際の観客を凌いでいる。作り物だから当たり前だと思うかもしれないが、作り物以上の何かが起きている。クローズアップされる彼女たち1人1人のことごとくが、当時の現実の女性客よりも総じて綺麗で見映えがするからというだけでなく、あの時よりさらに多くを、より深くのエルヴィスを ―― すなわちこの場合、より深くの自分自身を ―― 求めているのが見て取れるからだ。彼女たちのその希求する気持ちが、この心躍る音楽と映像をさらに疾走させていく。そして彼女たちの全員が、それぞれに求めていたものを次々に手にしていくのが見える。

それは演技ではあるけれども、当時の実際の聴衆の何人かがあの場で実際に行っていた類の演技とは違うものだ。68年のあの時の彼女たちは、一種のサクラになってしまっていた。取って付けたような反応を当のエルヴィスの動き自体とは無関係にデフォルメしてしまう、という演技を自動的にこなしていたのだ。それとは違う。<INNER SMILE>の彼女たちの表情・しぐさはデフォルメを不要に思わせる。芝居を現実へと溶解していくのだ。彼女たちは目の前の両性具有のエルヴィスからあらゆるものを瞬時に受け取るのだが、受け取った彼女たち自身がそのエルヴィスに劣らず新しい輝きに満ち、生き生きとして魅力的に見える。その一連の映像の動き、手際は実に見事で、そう見えるのはこちらの気のせいばかりとは言えない。

「'CAUSE YOU MAKE ME FEEL...」。シャーリーンの女神は半世紀に渡るポップ・ロック史を天空から俯瞰するディーヴァとなり、そのうち地上に、ひとつの居場所を見つける: エルヴィスの肉体と隠された神秘を。<INNER SMILE>が囁くその神秘の秘密は「死せぬミステリアス、そこにポップの原初の歓びと魅了の源泉がある」ということだ。「YOU TOUCH MY INNER SMILE...」 ―― ディーヴァのさえずりがシャーリーン・エルヴィスの肉体を鳴動させ、あの女性ファンたちがその鳴動とともに、一斉に客席から立ち上がる。彼女たちの願いをその鳴動の反響が再度受け止め、ディーヴァの元へとさらにもう一度投げ返す ―― 「AND FREE ME」。

<INNER SMILE>を四次元的に進むテキサスとシャーリーンのエルヴィスは、神秘とともにその自由のヴェールをくぐり抜ける。そのヴェールが、実際に目に見える瞬間がある。PVの中に数回、いずれもほんの一瞬だけ、まるで正体を明かす女スパイのように、ディーヴァのシャーリーンがエルヴィスなしに、変装なしに現れるのだ。ドイツとアイルランド、フランスとイタリアの4カ国にまたがる混血であるスコットランド人のシャーリーンが、その長い黒髪を秘密のマントのようにカメラのフレームから溢れさせて、サッとこっちを振り向く。わずかに0.5秒そこに映る表情は彼女の歌声自体に劣らずミステリアスであり、あまりに短く素早く、あまりに素敵に謎めいているために、1度瞳の奥にとらえたら、その残像はしばらく消えない。恋愛のサブリミナルである。<INNER SMILE>の例の彼女たちがシャーリーン・エルヴィスに心を奪われるように、TEXASのドリーム・サウンドを聴き映像に見入る者は、つかの間のそのシャーリーン本人に、ハートを持っていかれる。女スパイの勝ちである。その謎めいた微笑が、ぼくらの知らないポップの神秘を知っている。

シャーリーンのディーヴァがエルヴィスの肉体を離れ、地上を離れる。「HUUUUUUUUUUUAH...」。PVの終わり近くでミラーごしにシャーリーンとエルヴィスの2人が、互いに体の動きを合わせながらゆっくりと唇を近づけるカットがあるが、そこに映し出されている美と官能は、観る者の心をアダムとイヴにまでさかのぼらせる。人はそこに、再び「はじまり」を見つける。

消えることなくこだまする神秘 ――「エルヴィス・プレスリーという言葉」が68年のあの時意味し、時空を越えて<INNER SMILE>上でまた再び意味している事は、おそらくそれである。その名前、その名詞が未だにそのこだまを、明かされぬ神秘を抱えているのだとしたら、彼の出現により始まったポップの内なる微笑みは、折り重なる分厚い半世紀の表層の下に今もまだ生きているのであり、探求すべき本質は、依然としてまだそこにある。そして<INNER SMILE>が実践しているように、もしも未だにロックそれ自体を、ポップ・ミュージックのやって来た理由を、その行く末を気にかけているなら、この音楽とPVをリピートしないわけにいかない。それをかけながら内心微笑まずには (Inner Smile) いられない。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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