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ニュー・オーダー(NEW ORDER) の傑作カムバック・アルバム『GET READY』が発売されて10年余りが経過した。2001年アメリカ同時多発テロの直後に出たこの音楽は、実際にはそうでないのに依然としてあの惨事を見越していた音楽のように、録音の時期から見てそうではないのに、あの惨事の余波に備えていた数少ないポップ・ミュージックのように、今も聴こえる。『GET READY』でニュー・オーダーが繰り広げている音楽は、彼らの名前を世界的に有名にした、一連の12インチ・シングルを基調としたダンス・ポップの数々とは根本的に異なる。<TEMPTATION>や<BLUE MONDAY>、<BIZARRE LOVE TRIANGLE>はここにはない。彼ら特有のマンチェスター・サウンドの要であるバーナード・サムナーの「ギター・ベース」(「ベース・ギター」ではない) は、シングル曲である冒頭の<CRYSTAL>で唸りをあげているけれども、そこには懐かしさを誘うようなノスタルジックな調子が、やっぱこれだよな的な馴染みびいきの響きがない。ギターは現に鳴っている。確かにあの音である。しかし聴く側がそこにその馴染みを求めれば、<CRYSTAL>は拒絶する。そうしながらその新しい音楽は、人々に新しい聴き方を求める。

『GET READY』のいたる所で、その聴くことの刷新作用が生じる。それは「いにしえのマンチェスター・レジェンド、奇跡の復活作」を有り難がって聴くことではなく、「ニュー・オーダーという名前を知らないかのようにニュー・オーダーを聴く」ということだ。「ぼくらは / まるでクリスタル / 簡単に壊れる」。サムナーが最初の一言を発する。こんなに美しい水晶、こんなに美しい世界が、1つの出来事でバラバラになる。1度壊れた水晶は、2度と元に戻らない。この世界が、9月11日以前に戻らないように。『GET READY』に登場する人間たちは、美しいはずのこの世界から何らかの抑圧を、責めを負わされている。たとえその抑圧と責めが、最初は彼ら自身の身から出たものであってもだ。<CRYSTAL>の彼は、一度彼女を裏切った。2人はいま、一緒にいる。それが彼を「芯から / 揺さぶる」。「今初めて耳にする」ギター・ベースがその芯を、容赦なくガリッと引っ掻く。その音楽が前進するたびに、ヴァースをひとつ越えるたびに、それまで見ることのなかった手付かずの境界が、眼前に姿を現わす。突然、新しい世界がひらける。しかしその世界は、何も気にしない。後ろを見ない。これまでに聴いたことのない新たな、広大なバンド・サウンドと壮観たるアレンジとを伴って、サムナーのクリスタルは砕け散る。『GET READY』の中では、その水晶の破片とともに後に残されるのは重荷の残骸、世界の断片である。

『GET READY』の彼らは<CRYSTAL>以降、1曲ごとにその断片を拾い集める。聴く側が曲ごとに、世界の1つ1つを新しく耳にするのと同じようにだ。<TURN MY WAY>ではその断片は、果てしなく続く螺旋階段のてっぺんから瀕死の蝶のようにハラリと舞い落ちる。「目の前に拡がる / 運命と偶然の轍 / ぼくの道は変わる / 空は灰色に / 枯れはしないだろう」。その蝶は、てっぺんで何を見たのだろう。この世の真理だろうか。崩れ落ちるビルだろうか。崩れ落ちる真理だろうか。それはアルバムのカヴァーでこっちを向いているデジカメのレンズに映っているものと同じものだ。この曲が置き去りにしていくサウンドの真理を追いかけることが、自分の身をその螺旋階段へ置かせる。「自由でいたかった / まっすぐでありたかった」。最後のコーラスでビリー・コーガンとサムナーとのヴォーカルの掛け合いは、きちんと形を整えることをやめる。音楽で伝えうることの限界に2人がぶつかり、苦しむのが聴き取れる。しかし、瀕死の蝶は最後の一言をまだ残していた ―― 「自分は正しいんだと / そう思っていた」。そのこだまのループが、曲の最後に文字通りゆっくり消えていく時、われわれは、蝶からの真理の断片を受け取る。

このアルバムが911のリアリティーをいまだに強く掻き立てるとすれば、その問いは、作品全体を彩っている濃淡様々な警句的トーンへと聴く者を向かわせる。『GET READY』のサウンドは、常に1つの塊として押し寄せる。細部のくっきりとした、隅々まで見通せる塊。人々に新しい聴き方を差し出す塊。これまでのエレクトリック・ダンス・ポップ・グループでなく、20年目に新しいロック・バンドとしての歩みを刻んだ "NEW ニュー・オーダー" がその塊をポップのクリスタルに変えるその一瞬に、警句は生まれる。その警句は生まれるそばから、自らの意志で断片化する。1つの場所にじっと留まることはしない。<SOMEONE LIKE YOU>で聴けるように「僕らは / 冷酷なる楽園に / 迷い込んでしまった」からだが、しかし僕らは『GET READY』自体にも迷い込む。退却と前進、失意と好機、皮肉と撞着、審判と再生、それらすべてをくぐり抜け、クリスタルをこの手にするために迷い込む。「僕は / 死ぬまで生き続ける」。<RUN WILD>のこの当たり前な文句が『GET READY』の中では光を放つ。この最終曲はゆっくりと、おだやかに達観していく。それは見えない明日へと備えるものに、911以後の世界に生きようと専念するものになる。

明日どんな事が起ころうと、それによってこの世界は、世界以外の何かになってしまうわけではない。最悪の場合は消えて無くなるということがあるにしてもである。それもまたこの世界の姿であることに変わりはない、『GET READY』は10年経った今もそう語りかけている。911以前にはわれわれに準備はなかった。その準備が何であれである。CDを聴き終え、クリスタルの断片を手に入れるだけではまだ不十分だとニュー・オーダーの面々は笑い飛ばすかもしれない。われわれが作り、ゆえにわれわれがいつか終わらせることになる世界 ―― 『GET READY』の最大の警句は、そのアルバム・タイトルにこそ公然と隠されている、ということなのかもしれない。

そしてその水晶は、家のガラス・ケースにずっと飾ってもしょうがない。それは自分の重荷、世界の残骸と取替えるためのツールである。本当にGET READYするためには、人はまたもう1度『GET READY』へと戻らなければならないのだろう。<RUN WILD>の終わりにサムナーが心を込めて言う。「いい時代は / すぐそこまで来ている」―― GOOD TIMES ARE AROUND THE CORNER ―― その水晶は人々が時代と惨事、その日の気分に関係なく探し続け、求め続けてこそ、持てる真の輝きをさらに残し続けるのに違いない。その輝きを単に認めるだけでなく、輝きの放つ新しい虹彩へと、耳のまなざしを投じようともする人々と共に。

中野利樹 (TOSH NAKANO)♠

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