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「がんばろう日本」。未曾有の311大震災から1か月。いまや至るところで見聞きするようになった、この国家的な回復スローガン。その善意の標語が生まれたのと引き換えに、別の何かが、ひっそりと消え去った。発生当初は国民1人1人の自然な自己整然に思えた動きが、その合言葉に向けられた報道の麻痺と摩耗によって精査困難な他者整然へ、慰安と終息の膨張的消費へ、安全か危険かの、人々の単一の劇情的怒号の堆積へと転じた。個々人の思いや考え、希望を、遥かに飲み込んでである。

その1か月の未曾有の推移に対し、明らかに苦々しさを押し殺しながら、友達が言った。「世の中ってまあ、そういうもんなんじゃないかなあ」。不思議なことに、その一言に返す答えは「がんばろう日本」の中にはなかった。答えを求めて別の場所、アメリカ各地の宗教FM局を聴くと、そこでは説教師である複数のDJが、口を揃えて言っていた。「みなさん、日本の皆さんのために祈りましょう」「そして、私たちがいま在ることに、あらためて神に深く感謝を捧げましょう。アーメン」。アーメン=真(まこと) に、誠(まこと) に。その短い1語の翻訳が、1か月の中に探せずじまいだった答えを、1組の米英のポップ音楽へと振り向けた。

エルヴィス・プレスリー(ELVIS PRESLEY) の<IF I CAN DREAM>(『明日への願い』) は、1968年の彼の一か八かのカムバックを賭けた米NBCのTVスペシャルを締めくくる、最後の1曲だった。そこで彼は、それまでもそれ以降もファンや世間の人々の知らないエルヴィス・プレスリーを見せた。「これがエルヴィスの声、歌い方、振る舞い方だとみんなが心得ていたもの」以外の歌い方、振る舞いをしたのだ。<IF I CAN DREAM>はこの時以降、彼が行った無数のステージでついに1度も歌われることのないままの曲となったのだが、しかし仮に歌われていたとしても、この日ほどに強い信念と確信、深い情熱を込めて歌われることは、やはりなかったのではないかと思う。「明るく輝く明かりが / きっとどこかに / あるはず / きっと見つけられるはず / 青空高く / 羽ばたく鳥たちを」。それは人の生涯に1度の実行を許された招魂、2度辿ることは不可能な巡礼として、人前に現われた。

その音楽は当初、収録の3か月前にエルヴィスの故郷メンフィスで起きたマーティン・ルーサー・キング牧師の衝撃的な暗殺に刺激され、彼の有名な63年ワシントン行進時の "I HAVE A DREAM" 演説に、表面上応えたものだった。アンサー・ソングとしてファンやメディアに認知、歓迎、評価される一方で、それは同時に、急速に安っぽくもなっていった。じっくり耳を傾けるよりも先に祀り上げられたがために、その音楽はその後で、一気に貶められてしまった。実際、<IF I CAN DREAM>は典型的なラスヴェガス型バラッドだった。静かに始まり、徐々に高まり、エンディングでそのピークに達して終わる。その間終始、歌い手の「熱唱」を伴って。その曲に込められたメッセージは、その曲自身のあらかじめ定められた音楽形式上の限界によって、最初から音楽的演説として伝わることが不可能な構造を持たされていた。逃れがたいポップの黄金則によって、誰が歌っていようが<IF I CAN DREAM>は、自らの中庸なるサウンドが自らの言葉を否定してしまうものだった。それは典型的・類型的な曲調を自分自身の最大の特徴とする、1つのジャンル音楽、定型音楽だったのだ。

しかし、その日のエルヴィスの音楽は、そうではなかった。1968年6月30日、人々がその名の意味するものにすっかりうんざりし、その名がかつて意味したものまでもすべて忘れ去ってしまおうとしていた時、エルヴィス・プレスリーは、自分の経歴の大部分に長く課せられてきたハリウッド的安っぽさ、無意味、虚飾、いつわり、不本意のすべてにその日、ひとり静かに挑んでいったのだった。「どうか教えてほしい / なぜこの夢は叶わないのか」。この夢 ―― それは、この世の平和と人々の理解である。PEACE AND UNDERSTANDING ―― 、その月並みな文句は、これまでに何度繰り返されたのか。これまで何度、それは笑いとばされたのか。しかし、昔も今も、それこそが人間というものである。<IF I CAN DREAM>は飽きもせず、何百回目かの PEACE AND UNDERSTANDING を歌った。何かが違っていた。その定型音楽は、それまでの何百回とは異なる場所から歌われていた。それはなぜか、人々が顔を知っていながらその顔が作る表情は知らなかった賢者の声を伴っていた。過去の何百回からは一度も見えなかった地点から、その夜のエルヴィスはNBCのバーバンク・スタジオに現われ、そのラスト曲のためだけの純白のダプル・ピースの上下と純白のシューズ、深紅のネクタイでそこに立ち、真っ暗なスタジオにライト1つで浮かび上がり、その最後の歌を歌った。何かが違っていたのではなく、何もかもが違っていたのだ。

「平和と理解が / いつかきっと / 訪れる」「すべての疑いと / 怖れを吹き飛ばす / 約束の風も」。その夜の純白のエルヴィスは、まるで動く彫像のようだった。どの瞬間も疑いなく我々と同じ人間でありながらも、一方でどの瞬間にも、そうは見えなかった。そこに映し出される威圧なき存在感は、ある意味において神々しくさえあった。その言葉の意味が何であれである。自分がその夜伝えたいことを何としても伝えようとする意志が、純白に包まれた肉体のそこかしこに魂の湯気のように漂い、蒸発していくのが感じ取れた。キング牧師へのはなむけであった歌詞中の平和と理解は、疑いと怖れとをさらに重ねて、彼自身の過去と現在に招来させるつもりのものだったに違いない。その招来の儀礼を経た上で、聞き飽きた月並みなその平和と理解を、世界の未来に帰する新しい言葉に、新しい概念に変える事は出来ないのか。それは本当に、不可能なままなのか。その夜の彼の歌唱は、そう語っていたのだった。

エルヴィス・プレスリーは、生まれて初めてすべてをむきだした。かなぐり捨てた。その音楽の外観を突破し、手つかずの内部に突き進み、目前の1音1小節、1語に没頭し続ける元国民的、元歴史的超人気歌手。その歌手の声に、歌い方に、体の動きにこの世の成り行きが、運命がかかっている ―― あたかもそうであるかの如く、<IF I CAN DREAM>の純白の歌唱と切望は、人間のしたり顔と切り捨て、無理解と無関心を超越しつつも、その成り行きと運命をゆっくり運んでいった。それは身を切るような、血のにじむような、命を削るような歌唱だった。最後の1音を歌い放ったあと、持てる限りのエネルギーを使い果たした満身創痍の彼が、自分独りのスタジオの暗転、視聴率70%の特別番組の暗転とともに、その瞬間の偉大さと引き換えに、全く何事もなかったかのように1人の地上の人間へと戻っていく瞬間が忘れられない ――「サンキュー。グッナイ」。


<IF I CAN DREAM>から10年ののち、その保存された純白の切望と叫びは、同じエルヴィスと名の付く24歳の新進イギリス人ロッカーに、異なった経路でリレーされた。エルヴィス・コステロ(ELVIS COSTELLO) の<(WHAT'S SO FUNNY 'BOUT) PEACE, LOVE AND UNDERSTANDING>もまた、ひとつの定型音楽に違いなかった。<IF I CAN DREAM>のバラッド型とは正反対の、パンク・サウンド的定型である。その炸裂するパワー・ポップ的外観の奥でコステロは、先人エルヴィスが挑んだのと同じ命題を抱えていた: 人は聞き飽きたありきたりの言葉のみで出来た歌詞を持つ歌を歌う時、どうするべきなのか。その絶望的定型の前提から、三流のジョークのように周囲を顧みずただ向こう側へと盲目的に突き進むパンクなポップ、つまり、人に笑われるその陳腐な音楽は始まる。

「この荒れ果てた世界を歩きながら / 狂気の沙汰の暗闇に / 光を求める / そして自問する / 希望は枯れたのか / 悲痛と憎悪と / 窮乏しかないのか」。コステロの声は最初の一言、最初の1音からその絶望的定型を、三流のジョークを、人々がその陳腐な音楽に持ち込む偏見と嘲笑の一切を、全身で引き受ける。ソフィア・コッポラ(SOFIA COPPOLA) の2003年映画『LOST IN TRANSLATION』(『ロスト・イン・トランスレーション』) で東京に来たハリウッド・スター役のビル・マーレイが、いかにもカラオケ的にカラオケで残念に歌った曲。10年前に授かった先人エルヴィスの平和と理解を、そのカラオケの秘密の収支のように数え直すべく、コステロは以後の3分半、ポップの怒れる伝道師、狂った道化師を演じる。マーレイにもエルヴィスにも出来ないやり方でその役割を始め、続け、全うし、去り際にその責務を返す代わりにぶち抜く。責務を破壊する。ただ自分自身の音楽の推進力のみによって現われ、消える。

誰がどう見ても陳腐な音楽、どう聴いても嘲笑すべき音楽の中で嘲笑の下の福音を探し出し、暴き、24歳のコステロは、その陳腐な福音を叫び尽くす。その福音にあるのは、自分の歌う言葉がそう簡単に人に伝わることなどないと知る愚者の声である。言葉を拾い、言葉と戯れ、言葉を吐き捨て、その愚者の声は言葉の意味自体ではなく、その言葉が伝えてしまう限界の方を、自らが歌いながら嫌悪してもいたのだ。

「たとえ落ち込んだって / 叫びたいんだ / 平和と愛と / 理解のどこがそんなにおかしいんだ、って」。ピート・トーマスのやけくそとも言える冗談ドラムスが、孤独なコステロにとって唯一の味方となる全面的リズムとビートの約束を、愚者の突進と一緒になって、終始叩き続ける。最初はあざ笑っていた聴き手が意に反して聴き終わりにそっと駆け出し、逃げ込み、帰還するための空間を、その冗談の響きの中に作り置きしながら。その退避空間はこの曲が終わるまで消えない。終わってからも、しばらく消えない。

一体誰が、そんなことをやりたいと思うだろう。あらかじめ届かないと分かっている音楽を、願いを、誰が届けようとするだろうか。それがこの何百回目の平和と理解の2人のエルヴィスであり、1度限りの2つの声である。この1か月の間、<IF I CAN DREAM>と<(WHAT'S SO FUNNY 'BOUT) PEACE, LOVE AND UNDERSTANDING>の2つの対照的なポップの極が鳴り響かせた等質な平和と理解は、その1か月に耳にしたどの音楽よりもあの出来事の全体について多くを、どのメディアの記事や番組よりも実質を、静かに伝えた。この国の「がんばろう」がこの先何年もの間に奏功する一方で、人々が必要とする真の、現実のスローガンは同じくこの先何年もの間、その意味を絶えず失い続け、そこにある現実と困難とを、絶えず伝え損ね続けていくだろう。それでも我々は、そのスローガンを捨て去りはしない。2人のエルヴィスの平和と理解の音楽を今、それにこれから先耳にする人々がはっと我に返って手を叩き、そう強く確信するとしても不思議はないと思う。まことに。

中野利樹 (TOSH NAKANO)♠

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