REVIEWS

dreams
Bookmark and Share

フリートウッド・マック(FLEETWOOD MAC) の1977年の<DREAMS>が全米のトップ40をまるで自動的に上昇していた間じゅう、なぜかずっと、その曲が分からなかった。その<DREAMS>はあっという間に全米1位になり、アルバム『RUMOURS』(『噂』) は1位になっただけでなく、8ヶ月にわたってその座を維持し続け、アメリカ国内だけで1000万枚を売り上げるという77-78年時点での前代未聞の記録を打ち立てた。レコードを手に入れてからは、家でその曲をアルバムごとエンドレス状態でかけていたにもかかわらず、ラジオで<DREAMS>を耳にするのは、いやだった。当時の自分は、この曲に対するその分からなさが気に入っていたのだ。そこには、自分だけの秘密があった。ラジオで<DREAMS>がかかれば、いずれその秘密に誰かが気づいてしまう。それがいやな理由だった。

<DREAMS>は当時「普通の音楽」には思えなかった。その音楽はNO.1ヒットであると同時に、音階をなぞる得体のしれない空気の波であり、鳴っている空間を漂っていく、重々しい冷気の渦みたいに感じられたのだ。「ほら / また始まった / きっとまた / 自由が欲しいって / 言うのね」。<DREAMS>の主人公女性である作者兼ヴォーカルのスティーヴィー・ニックス(STEVIE NICKS) が逃れようと願う、懲りない恋人であるバンド・メンバー、リンジー・バッキンガム(LINDSEY BUCKINGHAM) の身勝手な自由と放蕩のドリームスに向けた、彼女の糾弾と説得と切望の音楽は、音楽の形をした何か別なもの、別な事象として自分の耳に届いていた。<DREAMS>はポップ音楽としての標準的な活気、生命力、勢い、衝動、はずみを放棄しており、人によってはそれは、ただの陰気な一本調子の曲にしか聞こえなくても不思議ではなかったのだ。

ビッグ・ヒットに必要な盛り上がりや、これといったサビを持たないまま、その陰気で単調な<DREAMS>が1位になり、ラジオでかかり続け、洋楽好きの友だちのあいだでも話題になっていくあいだ、自分の秘密はずっと安全なままだった。友達の誰も、そんなことは言わなかったからだ。彼らの多くは、<DREAMS>を "神秘的でカッコいい" 曲だと思っていたようだった。「だから1位になったんじゃん」。

秘密を守りたい人間が、それをバラして共有したくなった時、<DREAMS>のクリスタルの瓶の栓が、ポンとはじけた。友だちが言っていた神秘性とこっちの陰気とが、頭の中で衝突したのだ。「神秘的な陰気さ」というものは、果たしてあるのか。「雷鳴は / 雨のときだけ / 現れる」(THUNDER ONLY HAPPENS WHEN IT'S RAINING)。サビのその文句は、自分にとって単に歌詞である以上に、予言者の予言、賢者の金言だった。理屈としては当たり前なのにもかかわらず、同時に世界をその一行の内に捕らえ、そこにとどめ、静止させる。その一行が、<DREAMS>の秘密の突破口なのだろうか。

陰気は陽気にはなれないが、妖気にはなりうる。当時まだそのノドに神秘を残していたスティーヴィー・ニックスの声は、その陰気と妖気の境目、はざまにあった。そしてその境目の神秘は、『RUMOURS』のジャケットと同様に、彼女がアーティスティックなスタイル宣言上の制服としていつも身にまとっていた、シフォンとレースの黒いジプシー・ドレスと同じ響きがした。「思い出してみて / あなたが何を得て / 何を失ったのかを」。<DREAMS>と『RUMOURS』が爆発的に売れ、ファンやメディアが彼女を「最も完璧なポップの妖精」と囁き始めたのと前後して、彼女の生来の歌声は破壊されはじめ、ツアーとアルコール、私生活の疲労で潰した別なものへと変貌していったが、その変貌の推移自体にこそ、真の妖気はあったかもしれない。

<DREAMS>の単調さは、意図されたものだった。そこではイントロのミック・フリートウッドのドラムスの短いフィル・インが殊更音楽上の特別な、奇抜な効果に聞こえるほどにサウンドは一定の音量レベルに、一定の感情レベルに統率されており、そのレベル内ではベースとギター、キーボードやパーカッション、コーラスの音量と音色、タイミングがほんのわずかに変わるだけで、その重苦しい冷気の渦に一筋の対流を起こすことが、通常の曲以上に可能になっていた。奏でられるというよりも浮遊するといったほうが近いこの音楽の物言わぬ単調さは、バッキンガムが新しい女性とのロマンスにうつつを抜かすたびに軽んじられていく、スティーヴィーの切望する存在の証しへの ―― 彼女のその愛の深傷ゆえに放浪する疑念への ―― その疑念自体をも結局自ら最後に嫌悪してしまう、彼女自身の破れた鼓動の漂流の描写への ―― 干乾びた余白だったのだ。

<DREAMS>の雷鳴は、再びとどろいた。聴く者の鼓動へと静かに、深く、狭く。その、ゆえある陰気さの背後の形なき妖気とともに。ぼくらが今日、この歴史曲をまた聴きたいのは、傷だらけながらも依然として真っ白なままであるその余白に何かを見つけ、そこにそのまま、印として残したいからなのだ。例えば自分の中のとっくに過ぎ去った古い神秘、そのかけらと残骸を。

中野利樹 (TOSH NAKANO)♠

Terms of Use, Copyright © 2017 The Art of Listening. All Rights Reserved.








▲ back to TOP ▲
inserted by FC2 system