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discovery
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KOOL & THE GANGの<MISLED><TOO HOT>、YESの<ROUNDABOUT>、GARY WRIGHTの<DREAM WEAVER>、BUGGLESの<VIDEO KILLED A RADIO STAR>、CLIMAX BLUES BANDの<COULDN'T GET IT RIGHT>、CAMEOの<WORD UP>、BOBBY BLOOMの<MONTEGO BAY>、10ccの<I'M NOT IN LOVE>、DONNA SUMMERの<BAD GIRL>、BOBBY CALDWELLの<WHAT YOU WON'T DO FOR LOVE>、NEW ORDERの<BLUE MONDAY>、C.W. McCALLの<CONVOY>...。 これらを一度に聴こうとしたら、コンテンポラリーでないHIT RADIOにヘルツを合わせてじっと待つか、自分で音源を編集する以外にまずそんな機会はないだろうが、今やその作業は、たった1枚のCDをかけるだけで事足りる。と言ってもそれは『NOW!』のようなヒット物の編集コンピのことではない。フランスのデュオ・ユニット、ダフト・パンク(DAFT PUNK) の2ndアルバム『DISCOVERY』はそのコンピの数段上を行っていて、それは繰り返し聴くに値するものだ。

『DISCOVERY』ではいま上に挙げた過去のヒット曲のフレーズ、さらにその2倍はあるかと思われるその他のヒット曲の断片を耳にするが、その断片の現われ方は、僕らが聴き手として知覚できる平均的な速度と豊かさをしばしば超えている。ある種宇宙的なのだ。この音楽は、地上を離れるような感じがする。その感じはめくるめくものであり、同ジャンルの他の作品からはあまり聴くことの出来ない独特なものだ。このアルバムをかけて2、3分もすると、曲間にほとんどブレスを置かない (実際にはポーズはある) 連続的サウンドと宇宙的広がりが、聴く者をある種の無重力空間へといざない始める。DISCOVERYとは発見ということだが、それはかつて実際に宇宙空間を旅した、あのスペースシャトルの実名を指しているかとも思え、以後60分間、そのダフト・パンク的宇宙に生じるヒットの洪水、ヒットの断片の洪水に、聴く者は圧倒される。

ヨーロッパを席捲した第1弾シングル<ONE MORE TIME>では、冒頭のエコーするファンファーレがフォー・シーズンズ(FOUR SEASONS) の<CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU>(『君の瞳に恋してる』) の一節を意識下でなぞり、そのエコーがクール・アンド・ザ・ギャングの<CELEBRATION>を誘い込む。その断片は曲の特定のメロディー・ラインやリフではなく「celebration」「We're gonna celebrate」といった言葉自体であり、歌詞を歌うロマンソニーの歌い方と声質があまりにクール・アンド・ザ・ギャングのヴォーカリストに似ているために、最初は本人がゲスト参加しているんじゃないかと思える。そこにいわゆるパクリの要素、パロディ的色合いは一切なく、あるのは電子の暖かみとぬくもりだけである。漆黒の宇宙空間がこれほどの慈愛に満ちたものであるのなら、来たるべきスペース・トラベル時代は希望と可能性に包まれた素晴らしいものであるのだろうが、そうでないとしても悲観することはない。その時は旅のお供に、この『DISCOVERY』を持って行けばいいからだ。

1分40秒のインストゥルメンタル<NIGHTVISION>が呼び起こす幻想的ムードは、10ccの<I'M NOT IN LOVE>の有名な波打つシンセ・サウンドを思わせるが、ムードの性質は異なる。<I'M NOT IN LOVE>がそのまま成長して大人になった感じなのだ。ということは<I'M NOT IN LOVE>は未成年なのであり、実際この曲には10代特有の一定の感傷作用とロマンティシズムとがあった。公開時に単館映画の話題をさらい、本国よりもさらに日本でより強く受けた感の強かったソフィア・コッポラの処女監督映画『THE VIRGIN SUICIDES』(『ヴァージン・スーサイズ』) では、観客は過ぎ去った70年代を、ロマンティシズムによって保護された遠く甘い記憶として理解することを求められる。そして13歳から17歳までの年子である5人のブロンド姉妹全員の不可解な自殺を、秘密の憧憬の蜜として昇華することを余儀なくされていく。そうしたくなくてもだ。

ティーンエイジの甘美な愛と死 ―― その主題に完璧に沿った映画のサントラ盤の真ん中に<I'M NOT IN LOVE>がある。<NIGHTVISION>は短く、その記憶はすべてを語っているとは言えないが、しかし、10ccのロマンティックな甘い記憶と同一ではない。それはかつての自分の記憶が甘いものだったことを打ち明ける記憶、大人になった今、かつてそうだったのだと認める記憶である。依然としてその記憶は甘くはあるが、もはや遠くはない。死は甘いけれども愛はそうではないのだ。それがこの曲のスパイスである。

そのスパイスが<VERIDIS QUO>の決定的な、じっと考え込み、そっと忍び寄る運命のビートを刻ませる。この曲は『DISCOVERY』の謎である。明るいのか暗いのかが、分からない。生の喜びの中に過ぎ去った小さな死があり、その死の傷口を、明日の生の朝日が再度縫い合わせる。そのサウンドは「命あるものはすべてこうなるのだ」と言っているように思える。それは『THE VIRGIN SUICIDES』が100分近くを要して言わんとしながら言うことのなかった真理、そこに収録しそびれてしまったサウンドトラックとして聴ける。もし収録されていたなら、5人のリズボン姉妹は同じ死ぬにしても、いくらか救われていたかもしれない ―― 愛が苦々しく、遠ざかるだけのものである時、それを補う最後の生の光として死は近しく、いっそう耽美な香りを放つ。

<VERIDIS QUO>に潜む生と死の謎は『DISCOVERY』の中では例外的である。しかしこのアルバムの優れた点は、そんなシリアスな曲にもあの暖かみとぬくもりがちゃんとあることだ。この曲は11曲目に置かれているけれども、それを聴いたために10曲目以前の音楽がうそっぽく感じられるようなことは起こらない。バグルズの<VIDEO KILLED A RADIO STAR>が心地よく導く<DIGITAL LOVE>の終盤で響き渡るクラヴィネット・ソロがもたらすまばゆい邂逅、<ALWAYS ON MY MIND>以降のペット・ショップ・ボーイズ(PET SHOP BOYS) 風な<SUPERHEROES>の加速度的スリル、クライマックス・ブルーズ・バンドの<COULDN'T GET IT RIGHT>で始まりキャメオの<WORD UP>で終わる<HARDER, BETTER, FASTER, STRONGER>のリズミックな迷路、ボビー・コールドウェルの<WHAT YOU WON'T DO FOR LOVE>から不必要な気取りだけを取り去った<SOMETHING ABOUT US>が醸し出す、静まり返った絶対的午前3時 (真昼に聴いても時刻はそこを指している) …。

音の無重力空間を縦横無尽に行き交う『DISCOVERY』の頑丈かつ柔軟な筐体は、どんなヒット曲の断片がどの曲のどこに埋まっているのかを突き止める楽しみを、各曲の大きな動力源としている。聴く人によって、その日の気分によって、その断片探しは違ってくることだろう。このアルバムには誰もが参加する余地がある。1つ条件があるのだが、それはあのHIT RADIOを好きだったかどうかだ。ダフト・パンクの創造する新しい電子の宇宙はその地上のHIT RADIOへの、トップ40というヒット・パレード形式自体への心のこもった返礼であり、その夢見るオンエア形式への素敵なオマージュである。つまりこういうことだ ―― この21世紀の初頭、ヒットはもはやあのトランジスターのトップ40番組の中にはない。それは今は別のもう1つの電子の空間にある:この『DISCOVERY』の電子宇宙に、この地上の誰かの iPod の中に、その人たちの頭のメモリー上でずっと鳴っている、実在はしないドリームチャートの中にである。甘くて遠い、脳内ラジオの。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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