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先日出かけた先で、その辺にあったカフェに適当にぶらりと入り、ホット・ラテを注文して待っていたら、店内のBGMが気になった。ほとんどが一昔以上前の曲ばかりだったからだ。おまけに自分がそこにいた40分ぐらいの範囲では、洋楽と邦楽がほぼ交互に流されていた。そのしゃれたBGMの存在に気がついたのは、1曲分ぐらいは過ぎてからのことで、ちょうどXTCの89年の<KING FOR A DAY>のあとに、竹内まりやの古い曲のイントロがかかったときだった。まだ、ラテは来ていなかった。

それは、79年発売のセカンド・アルバム『ユニバーシティー・ストリート』に入っていた<ブルー・ホライズン>で、びっくりして思わず「あっ」と言ってしまった。わざわざ自分でかけない限り、当時はともかく、今このアルバム曲を、外出先で耳にすることはまずない。<ブルー・ホライズン>の響きは、発売当時と変わっていなかった。古臭くなっていないということではなく、この曲と聴き手とを結んでいた、距離感の響きのことである。<ブルー・ホライズン>のサウンドと歌には、当時から何かはっきりしない不明確な色彩感が、クリアに説明しづらい、ある種の不思議な響きや奥行き、陰影が備わっていた。聴いているこちら側のみならず、作り手である竹内まりや自身にも制作のスタッフ陣にも、その音楽の何たるかを ――、<ブルー・ホライズン>という楽曲の中身を、他の曲の場合ほどキッチリと定かには掴んでいない、今にも掴めそうでいながらも、結局は掴めぬままに世に送り出していった、そんな感じがぼんやりと漂っていたのだ。

『ユニバーシティー・ストリート』を通して聴くと、当時それがよくわかった。あるいはとにかく、自分自身には納得がいった。このアルバムの収録曲の大半は、いま聴くと音がスカスカで、いかにも時が経ったなあと思わせるし、<ブルー・ホライズン>も、それなりにもちろん古くはある。しかし、ほかの曲とは違う具合に古い。この音楽は、そのアレンジが素晴らしいとか今聞いても新鮮で逆に新しいとかでなく、「竹内まりやの音楽という時間の枠外で鳴っていた音楽」であるかのように聴こえていた ――、その枠外で当時鳴り、その後も長く枠外で鳴っていくことを、自らの取るに足らなくも大切な使命であると自認していた音楽であるかのように、当初から聴こえていたのだ。

名前も知らない静かなカフェ (実際には「シャトール」という名前) が、その<ブルー・ホライズン>の個人的ミステリーを解き明かす機会を、思わぬ時に、思わぬ形で提供してくれた。「ブルー・ホライズン / おやすみなさい / 自然は眠りに落ちる」「だけど私を / もう少しだけ遊ばせておいて / このままで」。その年慶応大を卒業し損ねた23歳の竹内まりやの、現在の彼女よりも低く太い声にはたくさんのものが欠けているが、1つだけ、今の彼女の声にないものがあった。翳りである。

<ブルー・ホライズン>の境界線内ではその翳りは、たそがれを、自問自答を意味する。この曲は、地平線・水平線越しにたどった自分の影、自分のありさまに歌って聴かせるソウル・ララバイなのだ。「いちばん好きな / あなたらしさを / 今まで / 忘れていたみたい」。タウンスケイプ ―― 街の風景、都市の景色。曲の真ん中でコーラスの吉田美奈子がそっとささやく、歌詞カードには印刷されていないこの文句が、<ブルー・ホライズン>の不可思議を解く秘密のキーワードかもしれない。どんな都市の、どんな街の、どんなタウンスケイプも、すべてみな、同じ1つのホライズンによって支えられているからだ。そしてそれを言うなら、カフェで流れていた<ブルー・ホライズン>は、そんなタウンスケイプの中にある、もう1つの「ソングスケイプ」であるかのように感じられた。近年の竹内まりやが次から次へと繰り出すヒット曲群とは違う景色を抱えた、黄昏の、枠外のソングスケイプである。「同じように / 見上げてくれたら / どんな遠く / 離れたとしても / 違う愛で / 結ばれてるから 」。

<ブルー・ホライズン>が終わり、次の曲は、マイケル・ジャクソンの<ROCK WITH YOU>だった。誰もが知っている、奇しくも同じ年のメガ・ヒットだ。「お待たせしました。こちらホット・ラテになります」。翳りの竹内まりやが最後の一言を歌い終えたあとに、左チャンネルからオーともアーとも言えない、のちの夫、山下達郎の短いスキャットが聴こえる。その瞬間を聴くのが好きで、発売時の夏には何度もリピートしたものだったが、やっと来たホット・ラテを飲みながら頭の中で巻き戻した<ブルー・ホライズン>は、そのスキャットが30年以上もの長い間ずっと、一体何を意味していたのかを、その時初めて教えてくれた。それは地平線越しにたどった自分の影からの、言葉のない返事だったのだ : 半生の影からの返事 ―― ほんの3分かそこら前にたどったばかりの影からの。ほんの30年かそこらを跨いだだけの、遠くて近い、単なるただのポップ・ソングからの。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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