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belle

アル・グリーン(AL GREEN) の<BELLE>(「愛しのベル」) は1977年発表の『THE BELLE ALBUM』から最初にカットされたシングルだったが、実はお世辞にも決して「ヒット曲」ではなかった (日本では翌78年に、当時TBSテレビが歴年生中継していた『東京音楽祭』の第7回大会にこの曲でエントリーして日本武道館で生演奏し、最高賞のグランプリと新しいファンの両方を獲得した)。ビルボード誌HOT100の80位台にしばらく顔を出したのちにすっと消え、2度と浮上することはなく、偉大な70年代のソウル・アーティストの偉大な最後のソウル・モーメントはこうして過ぎ去った。しかし、にも関わらず、そのささやかな小品が、ある観点から見たグリーンの最高作である。この曲は「商業音楽としてのゴスペル・ソウルの輝ける頂」でもあるのだ。

70年代の半ばまでに質、量、人気、実力ともに絶頂を極めたグリーンはその後期の74年秋、当時の恋人だった女性メアリーにコーンを茹でて沸騰した鍋を熱湯ごと入浴中に浴びせられ、そのあとグリーンの自宅内にあった護身銃を彼女が目の前で撃って自殺するという惨事に遭遇する。その出来事の詳細と前後については現在でもあまり多くの事は明らかにされていないままなのだが、重要なのはその痛ましい事件のあと、彼が牧師になり、教会を持ち、「信仰についての歌」を歌い始めたことであり、<BELLE>はいわゆる商業レーベルから発売された一連の浄化ソウル曲のうちの最初にして最高の1枚だったということだ。

<BELLE>は "大文字の彼=HE=GOD" に出遭った喜びと、その彼を慕い信じることがもたらす心の平静と安らぎについて、人生のパートナーであるベルという女性にグリーンが語りかける歌である。それは宗教上の勧誘とか説得とかでは全くなく、彼は心の底から真摯に誠実に話をしているだけであり、そうすることが出来ることを自然体で喜んでもいる。「僕は / 遠くに行くわけじゃ / ないんだよ」とグリーンは歌った。「遠くに行くこと」= Go Far は宗教用語上では「転向」を意味する。信仰を変えること、新たに持つことがその人間の「生来の信条」を変えることをも要求するという考えである。

転向を宣言することは、自分の信仰の対象である新しい神に対して忠実と従順を誓うリトマス紙の役目を果たし、それゆえ伝統的キリスト教においては転向の宣言は、転向以前の自分の実人生の再検討と再構成をしばしば求める。過去の自己とのある種の訣別がその先にあるからだ。信教の自由と神の選択の自由との背後には、その転向のもたらす合理性と苦々しさとが顔を覗かせてもいるというわけだが、それが聖書の言う「代価を、代償を支払うこと」(=Pay the Price) と同義であるのかどうかはよく分からないし、知ろうともしないけれども、グリーンはよく知っていた。知っていながら彼は転向はせず、敢えて自らの意志で「自分のいま居る場所」に留まったのだった。

「彼が / ぼくを守り / 無事に送り届けてくれた」「酔っぱらいの / いろんな酒場や / 場末のバーから」。現実にはその種の安っぽい酒場やバーで彼が歌うことはなかっただろうし、そもそもそんな必要は全くなかった。彼は「アル・グリーン」だったからだ。

しかし、彼は本当はそうしたかったのだと思う。すでに信仰を持っている信者と、信者でないけれども一定の関心を持っている人達だけが集まる教会。そんな「あのアル・グリーン、当教会に来たる!」といった、建物の敷地面積いっぱいに充満する好意と羨望にお膳立てされた教会でスーパースターとして無条件に大歓迎されて安全に歌うのではなく、<BELLE>の歌詞の通りに国中のいろんな姿の現実のバーや酒場を廻って、皆が聴きたがる自分の栄光のヒット曲の代わりに<BELLE>のような深き信条と含蓄とを備えた地味な曲を地味に歌って歩くこと ―― 、それがあの痛ましい出来事の後でグリーンが見つけた新しい生き方であり、自分なりの転向なのだと理解していたのだと思う。それがこのビルボード80位の冴えないシングル曲<BELLE>と『THE BELLE ALBUM』とが語っていることであり、だから<BELLE>の宙を漂うような音楽を構成しているごく小編成の演奏の向こうに、あの場末の安っぽいバーの野次や雑言が聞こえたとしても不思議はない ―― よう、何歌ってんだよ。昔のヒット曲がいっぱいあるだろ。そっちをやってくれよ。カミサマの歌なんかいいんだよ !

「どうか僕たちに / 彼の愛が / 降りて来ますように」。グリーンは野次と雑言をまごころに変える。話を続ける間、ベルがそれをじっと聞いているのが伝わってくる。彼女がどんな女性であるのかは描かれていない。けれども、グリーンがベルをどう思っているのかは歌詞の文句ではなく、数学として示されている。この曲には10数回もの『彼』=GODが出てくるのだが、実はそれよりもさらに「BELLE」の方が多いのだ。エンディングの「BELLE, BELLE, BELLE...」は「LOVE, LOVE, LOVE...」でもあり、「YES, YES, YES...」でもあれば「THANKS, THANKS, THANKS...」でもある。

それが<BELLE>という音楽の価値観であり、2台のピアノとギターのイントロが14秒の救済に思える理由である。一瞬にして霧が晴れ、視界がひらける、すべての罪が舞い上げられる至福の14秒。その14秒こそがこの曲を商業音楽としてのゴスペル・ソウル、その頂と定義づけている源でもあるのだ。70歳を超えた彼は現在でも教会の一牧師であり、同時にレコード会社と契約を持つ人気シンガーである。<BELLE>の救済は成就した。アル・グリーンは生来の信条を変えることなく、転向を果たした。信ずべきを信じ、歩むべきを歩んだ変わらざる転向 ―― 、実人生だけでなくその向こう側にさらにある内なる人生、見えざる人生の転向を。愛しのベルは今どこにいるのだろう、などと野暮な質問をしてはいけない。どこにいるのかは、この曲を聴けばいつでも分かるのだから。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

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