REVIEWS

amy winehouse
Bookmark and Share

【彼女は正真正銘のアーティストだった。身も心もボロボロな状態でやってるパフォーマンスを見ても、私はあの美しい人から目を離すことが出来なかった。彼女がいてくれたから、自分は決して一人ぼっちじゃなかった。人にはない、ものすごく正直なところがあって、そこがとても好きだった。ショックで悲しくて、丸2日誰とも口をきけなかった。でも彼女は最後に大きな希望をくれた。ジャズに生き、ブルーズに生きた、そんな人だった】
―― レディ・ガガ


7月24日。起床して身支度する間にBGMをかける。1曲目はエイミー・ワインハウス (AMY WINEHOUSE) の<LOVE IS A LOSING GAME>。BGMのつもりが、しばし聴き入ってしまう。彼女の曲の時は大体そうだ。慣れている。その日もそこで聴ける彼女は、前回聴いた時とどこも変わりがなかった。聴こえてくるもの全てが素晴らしく、素晴らしいその何もかもが、奇妙に壊れている。壊れるところが聴こえてくる。彼女が出発し、その存在を記憶した2003年以来ずっと、それは何もかもを与えようとしながら、同時に終始失うこともし続ける音楽のように聴こえていた。そしてどういうわけだか、それは「分け合う」ということが出来ない音楽だった。そのひときわ素晴らしい音楽の数々は、ある点において不器用極まりなかった。分ける、という単語や概念を、その音楽は人並みに知っていなかった。あるいは許していなかった。ただ自分から取り出し、吐き出し、そこで搾り取ったものを聴き手に一方的に与え続けた。こちらの都合など頭に入れず、ただ一方的に。聴き手がその音楽と何かを共有したいと望んでいることなど考えもせずに。少なくとも自分にとっての長い間、それが彼女の音楽だった。そしてその朝のBGMの数時間後、極端なその美的一方通行、創造と崩壊との間の巨大な矛盾が、彼女の人生の全体に取って代わった。文字通りに太く短い27年間の。

何か月も姿を見せず、人前に再び現われた時には突然この世の何もかもをギターのコードとリズムに変えて弾けるようになっていた1930年のロバート・ジョンソンのように、ワインハウスは誰にも内緒で午前3時のクロスロードに現われ、約束した悪魔に、こっそり魂を売り渡していたのだろうか。この世の中に、ポップ-ソウル-ジャズ-R&B-メインストリームの音楽領域に登場した時、イギリスで20歳になったばかりのドラッグとアルコールとセックス依存の放蕩女性は、すでにそのドラッグとアルコールとセックスとを腹一杯飲み込んだ、この世の一切を自分のノドに捕える歌手になっていた。人々は彼女の声を聴きながら、人間の実年齢とは一体何なのか、それに一体どんな意味があるのかと考えた。それは心とか脳ではなかった。そのノドと声帯、ただそれのみが彼女のソウルを、彼女の魂それ自体を意味していた。そのノドにこそ心が、魂があったのだ。一職業歌手、一職業ソングライターとしてのワインハウスにとって曲を書くということは、その生きたノドに自分の汚れた手を突っ込むことであり、歌を歌うことは、突っ込んだ後でそこにある暴弱な己の魂を掴んでむしり取り、公の保存記録とぎりぎり引き換えることではなかったのかと今は思う。

彼女がこの世に遺した2枚のアルバム、2003年の『FRANK』(率直、あけすけ) と2006年暮れの『BACK TO BLACK』(闇に戻って) は、現在まで聴く者に清濁両方の無類の生命を与え続けた歳月の何倍もの長期に渡って、今後も人々の心を強くとらえ続けるだろう。しかし、そうであることをその音楽は、当初からずっと自認も実感もしていない。彼女が死んでしまい、世界のファンが嘆き悲しみ、それ見たことかと彼女の連日の奇行とゴシップに辟易していた部外者がほくそ笑んだ今もなお、そうである。そのサウンドと声の総体は、なぜかいつもどこかでためらっては人に気づかれぬよう尻込みし、必要のない人見知りをそっと繰り返した。彼女の声に聴こえる結なき起承転の彷徨と、サラーム・レミの魔法のアレンジによる文字通りヴィンテージな音像と音圧の塊がこちらを遠くから値踏みし、目を合わせるとその値踏みはびっくりしてたじろぎ、そのあと見たこともないような柔らかい微笑みに変わった。そんな音楽だった。

そういった音楽の本質を知るには、聴き手は自分もまた、その汚れた手を自分の体内に突っこまなければならなかった。2つの作品に直に、リアルに触れるには、そうする以外に方法がなかったのだ。無傷で済まない音楽、自分の手の汚れに気づかされる音楽に近づきたいと少しでも望む場合には。「歴史は / ただ自分を繰り返すだけ / だって / 自分で死に損ねたんだから」。それはただのソウル・チューン、耳当たりの良いポップ・ソングのはずではなかったのか。売り出されるべき20歳の新人歌手が自分でせっせと書き、売るべきデビュー作の中でリスクをとってわざわざ歌う必要はどこにもない。しかし<WHAT IS IT ABOUT MEN>は、そのわざわざを実行した。ありきたりどころではない、その重く沈み込むダークで率直な声の独白は、死に損ねたその歴史の上に生きる世界の人々に届いた。どんなわれわれよりも鋭く深く。それにもうひとつ、汚く。その音楽を好きでいる必要はなかった。それは聴く者の五感に憑り付いて掻き乱し、その日常に勝手に居着いてしまうような、異質な美を携えていたからだ。

しかし世界の人々は、そのわれわれは、どうしたことか、そのわざわざを好きになった。ダークでフランクなその声の重力に、自ら好んで捕えられたいと願うほどに惚れ込んでしまった。そこに聴こえ、垣間見える異質で特殊な美がその音楽の、その女性のどこから生じるのか。聴けば聴くほど突き止めずにいられなくなってしまった。「驚異の天才新人女性あらわる」――。決まり文句はあっという間に本国イギリスを飛び出し、世界に広がった。3年後の『BACK TO BLACK』を日々、陰に陽に催促するかのように。その催促の彼方に待ち構える黒いものへと無自覚に、無秩序に突き進むかのように。「私は百回もう死んでる / ねえあんた / いいかげんあの女のとこへ戻ったら? / あたしも戻るわ / またあの真っ黒いところに」。その3年後の『BACK TO BLACK』の決定的な表題曲で、彼女は捨てられそうな自分の男に虚勢を張っているのではなかった。それは暗闇の中の自分への独り言、どうにもならない自分自身に対して、真っ黒い墨で塗りつぶした絶縁状だったのだ。

一晩でグラミーの5つの賞を次々に受け取り、主要4部門のうち3つをさらった23歳。類似アーティストの追随を完膚なきまでに許さぬほどに圧倒する突然の、降って沸いた評価と売上とスターダム。エイミー・ワインハウスと名乗る女性に、それはどんな意味があったのか。それはいったい、どんな気分がしたのか。「リハビリに行けってみんなが言う / 冗談でしょ / そんなのまっぴら」。ヒット・シングル<REHAB>を一度聴けばその気分はわかった ―― 吐き気。その吐き気が、事もあろうに賞をもらった。レコード・オヴ・ザ・イヤー。よりによって世界で最も権威あるポピュラー音楽の賞である。ワインハウスは『BACK TO BLACK』でその吐き気を事前に念押ししていた。アルバム冒頭の<REHAB>に続く<YOU KNOW I'M NO GOOD>。「そう / あたしは単なる厄介 / わかってるわね / まともじゃないって」。

一度耳にしたら最後、その人間の長きにわたる記憶から容易に消せぬ引っかかりと注視とをまき散らす音と声とが、その曲の表面にあった。どの瞬間もがあきれるほどに完全であり、作られた最初の時と場所とを快楽を感じるほどに遥か凌駕しており、それは2006年に世に出た音楽というよりも、1966年に吹き込まれてずっと未発表のまま誰にも知られず屋根裏部屋に捨てられ、埃をかぶっていた忘却の楽曲、2026年に発売予定にも拘らず誰かにすっぱ抜かれてしまった、本来なら聴けないはずの盗難未来音楽のようだった。ワインハウスの他のすべての記録と同様に、あるいはそのどれにも増して、<YOU KNOW I'M NO GOOD>には一切のタイムスタンプが見当たらなかった。まるで彼女の手垢にまみれた魂が、真っ黒い闇の中で時間と名乗る悪魔と取引して他人に見せたくはない手を嫌々差出し、どうか手のひらに乗ったこのたっぷりの吐き気を、未来永劫その元々の時間とは一切無関係なものにしてくれと頼んだみたいにだ。ワインハウスの吐き気は、よくある販売戦略上のポーズやキャラクター設定ではなかった。「2階のベッドで元カレと / カレ盛り上がってた / あたしは全然 / あっちがイク時 / 暇であなたの事考えてたよ」。その設定の表面の下には、設定でない内面があったのだ。人が見たくも聞きたくもないと思うような、迷惑で面倒な内面が。

<YOU KNOW I'M NO GOOD>は自分のすべての手がかり、すべての出自を隠していた。その音楽に響く彼女だけのブルーズは「間違っても自分を気安く好きになどならないでくれ」と叫びながら懇願していたのだ。そして、それがエイミー・ワインハウスの音楽の、生涯のおそらくすべてだった。その叫びと懇願は誰にも届かなかった。彼女以外には。彼女自身にも。あたかも世の中の全体が『吐き気じゃだめだ。実際に吐いてみせろよ』と無慈悲に返したみたいにだ。「あなたは / もう別れるって脅すけど / あたしだって別に子供じゃないよ / 涙なんて / ほっとけば勝手に乾くじゃないの」。したがって彼女とその魂は、さらにもう一度<TEARS DRY ON THEIR OWN>で、疲れ切って汚れた手を突っ込んで泣きながら、実際に吐いて見せた。ワインハウスの音楽は、彼女が自分自身の人生で決してすすんでは出来ない事、したくはなかった事のことごとくを聴き手に渡し、それが受け取られたかどうかを十分確認しないままに、彼女の生活をつかさどる別種の魂は「さあ、やれよ」と彼女の中の暴弱な己に迫った。自己憐憫なしの自己嫌悪、自己破壊だけを伴う創造行動を。その繰り返しを。

<REHAB>で "リハビリなんてまっぴら" と歌った彼女は、実際には片手に足りない数のそのまっぴらなリハビリ入退院で『BACK TO BLACK』以後の音楽活動を相当棒に振った。彼女の経歴上の破天荒なエピソードや社会に向けた挑発的態度、投げやりともとれる刹那的な生への姿勢を過去の伝説の女性ブルーズ歌手たち、ビリー・ホリデイやサラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、あるいはジャニス・ジョプリンに辿っても無駄だった。彼女は他の誰にも似ていない "エイミー・ワインハウス" だったのであり、これからもエイミー・ワインハウスでしか在り続けられない事を、聴き手がいまや知っているからこそ ―― その音楽が「分け合う」ことの出来ない、そうすることを知らない類のものであると聴き手が知った今だからこそ ―― その薄汚れているべきはずのソウルは、吐き気や嘔吐以上のものを、これから先の長い間、われわれに与え続ける。以前と変わらず、一方的に。

7月24日の朝までとの違いは、自身の汚れた手で再三に渡ってむしり取った魂に彼女が永遠の声をかぶせて差し出す音楽の数々によって、われわれ聴き手自身の吐き気と汚れた手は、以後毎回洗われるということである。エイミー・ワインハウスと呼ばれたソウルの記号は「これでよし」という選択を最後までしなかった。その記号は私生活の行けるところまで行っただけでなく、美的生活、音楽人生、アーティストとしての生涯をも同程度に行けるところまで行かせた。片方がもう一方を生み出し、一方が別の片方をまた殺しながら。ただのポップソング、ただのソウルソングをまとった、そんなもの他人に見せるものじゃないと嫌悪されこそすれ、まっとうに受け取られることを許されずじまいだった、真っ黒い吐き気とあけすけで不器用な果実で。公の創造と私の破壊との、駆け上がる音階と崩れ堕ちる世界との、スターダムの眠らぬ枕とファンの汚れぬ耳先との間で。幸福に編まれた朽ちぬ音楽と、編んで朽ちた憂鬱な肉体との狭間で。
 
今日もまた<LOVE IS A LOSING GAME>をかける。あの朝と何も変わらない。「あなたの存在は / あたしには5階建ての炎なの / 愛って / 失うための / ゲームなのよ」―― 人々は、彼女の音楽を決して気安くは好きにならなかった。彼女が生涯のゲームと引き換えに失いつつ取り出して与えたものにどう応えるのが一番ふさわしいのかが、人々にはただ、分からなかった。取り出したその手、突っ込んだその手は本当に汚れてはいない、そう言いたかったからだ。美しく瞳を落し、心臓の真ん中から裂け、自分のしくじりと嘆きと非凡とを自分で笑った、迷惑で面倒な、不世出のため息に向かって。安らかに眠れとは彼女には言うまい。そう言えば言うほど、エイミー・ワインハウスという不器用なブルーズ、人見知りなソウルは多分、いつまでもずっと、眠ろうとはしないだろうから。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

With thanks to Janis Winehouse-Collins,
B.Spiezman & YKRinguine.


Terms of Use, Copyright © 2017 The Art of Listening. All Rights Reserved.








▲ back to TOP ▲
inserted by FC2 system