REVIEWS

2001-2003
Bookmark and Share

アメリカの元同僚である音楽文化媒体の友人からメールが来て、先週から仕事と休暇を兼ねてベルリンに来ているとの知らせだった。羨ましいというか何というか、いい気なものである。そこで存分に英気を養い、普段から好調らしい仕事を、さらに絶好調に引き出してほしいところなのだが、言いたいのはその事ではなく、メールにあった別の一行だった。『日本の今って、われわれアメリカの2002年前後と似てるんじゃないか』。2002年=2001年9月11日の翌年。彼が何を言いたかったのか、すぐに分かった。全くの人災であるアメリカの911と、天災と人災との複合破壊+複合汚染である日本の2011年3月11日=311とを安易に比較するのは、おおいに蔑まれるべきことかもしれない。しかし、そうしてみたい欲求を止める方法が、今はまだ見つけられない。従ってこの『2001-2003年ポップ回顧トップ10』は完璧を期した、これが最終というものでなく、2011年4月現在の自分に出来る事、思い出せることの一部にしか過ぎない。とはいえ、空欄のコラムを黙って提出するよりは、まだよっぽどマシなのかもしれないが。ここに911を直接に想起させるものはなく、それが何となく嬉しくも感じられるのだが、かといって311に全く無関係ならば、そもそも最初から、思い出しなどしなかったに違いないからだ。日々の重力に打ち負かされ、肝心なものをさっぱり思い出していないということかもしれない。


1. ELVIS COSTELLO『WHEN I WAS CRUEL』 [各タイトルはAmazonへリンク]。
コステロはデビュー当時の自分自身を、もう1度見つけ出している。「温故知新、さあ原点に帰ってみよう」的な回顧の色合いでなく、たまたま今一番やりたい事をやったら、思いがけず、あの頃の自分にまたバッタリ出くわしてしまった、そんな感じがする。第二次世界大戦の終わった年の数であり、自分がその曲を書いた時の歳の数であり、その自分を育てたビニールの宝物の回転数である<45>の中で、プロのアーティストとしては駆け出しであった若きコステロは、自分の両親の故郷リヴァプールから文字通り世界へと飛び出していった4人組のリーダーの最期を看取り、その悲しみをもう1度乗り越える ―― 「妙な噂を聞いたよ / その男は / 撃たれて死んでしまったって」「鐘の音が鳴り響き / 涙という涙が / 流れ落ちたよ」「知らせはいつも / 突然にやって来るものさ / 45」。曲の最後に、45歳のコステロは45年分の自分に向けて最終陳述するように言う ―― 「正直言って / 音楽ってものがなかったら / 自分は自分じゃなくなる」。<WHEN I WAS CRUEL NO.2>は、2002年のキャバレー・ボルテールでの実演のように聴こえる。知る人しか知る者のいないヨーロッパの地下の芸術ナイトクラブで、コステロは誰にも知られていない謎の匿名演奏者として登場し、自分だけが知っているこの世の秘密を、リズムとメロディーと抑揚に変えて伝える。エリック・サティやABBAの<DANCING QUEEN>の1節に彩られ、きちんと伝わった者には何らかのプレビュー、予兆に聞こえるようになっている秘密をだ。


2. DJ SHADOW 『THE PRIVATE PRESS』。
レイモンド・チャンドラーの未発表作をデヴィッド・リンチが映画化するという感じに多少とも近い感触とスリルと密度。探偵としての聴き手は、事件としての『THE PRIVATE PRESS』物語にどこからでも入り込める。その音楽には入口が至る所にあり、解決の可能性は高く感じられる。一方で聴き進むうちに探偵は、物語に出口が見当たらないことも知り始める。知るという以上に思い知らされる。これはかつて類例がないほど巧妙なソング・サイクル、トラップとしてのサウンドループである。そこではサワリが紹介された時点でムードが即スタイルへと移行し、スタイルは1つ1つが個別の伏線を張った全体に対するサブストーリーを担う。全体があり、全体が結末だと思わせるのだ。しかし一端その事件=物語に首を突っ込んだあとでは、伏線はむしろ、全体を溶解し始める。全体を無効化し、伏線がその都度全体に取って代わる。際限も結末も訪れないサンプリング・コラージュから成るメビウスの環。そのトラップから抜け出る方法は差し当たって1つ。このアルバム自体を止めてしまうことだ。


3. CHUMBAWAMBA 『READYMADES』。
20世紀ヨーロッパ大衆芸術の奥深き公然の秘密とサンプリング・サウンド・テクノロジー、それにCHUMBAWAMBAの驚愕すべき着想と織り込み ―― 3つのテクスチャーが創り出す美しくも儚い21世紀的トータル・ダダ・ファンタジー。アルバムのカヴァーで演説するダダイスト、ジョン・ハートフィールドの自由への遠い叫びを受け取るところに始まり、1900年代の最初の50年のベルリン ―― フーゴ・バル、トリスタン・ツァラ、リヒャルト・ヒュルゼンベックらと、1900年代の後半の50年のイギリス ―― 映画『ABSOLUTE BEGINNERS』、ビートルズに入らなかったポール・マッカートニー、PET SHOP BOYS (特に1993年の『VERY』) とを瞬時に1つに結ぶこのアルバムが放つ、修正主義的な歴史時間軸と可謬主義的な音楽構成力は当分の間褪せることはない。たとえ聴き手が仮に、そこにダダを一切見つけなくてもである。


4. BOB DYLAN 『LOVE AND THEFT』。
911の「外側の文脈」に多少とも関係があるとしたら、これがそうかもしれない。曲によってミンストレル訛りを巧妙に用いた1世紀以上前の非掌握世界を思わせる「失われた地図のサウンドトラック」は、ちょうど9月11日に発売された。



5. ROLLING STONES <SYMPATHY FOR THE DEVIL> NEPTUNES REMIXES [full length, radio edit, video remix]
このマキシ・シングルに入っている別のリミックスであるFATBOY SLIMとFULL PHATTのヴァージョンは、単に音がガチャガチャと鳴っているだけに過ぎない。しかし、このNEPTUNES版はそうではない。このヴァージョンは原曲の律動を損なうことなく、オリジナルでは巧妙に覆い隠されていた空虚と孤独への畏怖を暴き出し、1人の人間が世の中に直面し対峙する時に何が生じるのかを精緻に抽出している。その結果、若きミック・ジャガーの声が、戯れと照れ隠しと謎かけの衣を脱ぎ捨てた。聴こえてくるのは1つの塊、強靭さの塊である。その塊は、聴く者が世の中と実際に対峙する時にだけ、姿を見せる。


6. SPOON『GIRLS CAN TELL』。
このCDを聴くと、たとえばビートルズのレコードを宝物のように大事に扱っていた小っちゃな自分、それに小っちゃな友だちが見える。「えーっと何だっけな、あのアルバム…」。2001-2003年の基準に照らすと、その「何」に当たるのがこれである。もちろんこの比喩は機能不全だ。なぜなら世界のぼくらは普通、ビートルズのアルバム名を思い出せないなんてことはないから。


7. MUM 『YESTERDAY WAS DRAMATIC - TODAY IS OK』。
2025年に6歳でいる自分の見るもの、聞くもの、感じるもの、怖れるもの ―― そのすべて。





8. 『MOULIN ROUGE』 (『ムーランルージュ』、バズ・ラーマン 監督、ニコル・キッドマン+ユアン・マクレガー 主演、20世紀フォックス)。
新しい舞台を表現するこの豪華絢爛たるポップ・ミュージカルの中で、エルトン・ジョン(ELTON JOHN) の<YOUR SONG>は、それまで1度も公式に与えられることのなかった生命を、この映画から直接に授けられている。30年たって初めて、<YOUR SONG>は持っていたものを本当に差し出した。劇場を出たあと観客は、それまでの小奇麗で無害なポップ・スタンダードとしてでなく、そこで予想外に命を得たものとして、自分と何らかの縁を結び始めたばかりの大切なお守りとして、この先いつか実際に心から口ずさむかもしれないリアルな慈しみの記念品として、その歌を持ち帰る。『MOULIN ROUGE』ではそんな美的再生作用が思いがけなく生じ続け、観終わった観客は、その映画をもう1度初めから観たくなる。およそ退屈なものと相場が決まっている単なるミュージカル映画が、なぜこれほど心を捕らえるのか。青年作家クリスチャンと高級踊娼サティーンの2人の物語の終わりを、なぜ別の物語の始まりだと感じることが出来るのか。それを知ろうとして、また観たくなるのだ。


9. COMET GAIN 『REALISTES』。
1976年にBLONDIEに加入しなかったデボラ・ハリーをフロントに据えた1967年のニュー・オーダー。そこに聴ける美学は35年を経たガレージ・パンクの美学の巧妙なひけらかしであると同時に、公の芸術運動として再作動し始めた「ニュー・サウンド・アート」の新たなる機能的道徳でもある。つまり、EVERYTHING NEW IS OLD。


10. ABANDONED POOLS <THE REMEDY>。
TVの連続物ドラマで毎週1人ずつが謎の死を遂げていくような殺人ミステリーの主題歌、そのミステリー全体を象徴し、かつその象徴自身をも飲み込んでしまうような主題歌を、10年遅れて来たカナダ出身のニルヴァーナかぶれ、スマパンかぶれがやるとどうなるか ―― <THE REMEDY>(治療法、処方箋) はその最たる1曲。イントロの訳ありなピアノが聞こえた瞬間から、別に殺人ならずとも、聴く者はある種のサウンド・ミステリーへと入っていける。「かぶれ」や「もどき」が本家に劣らず善戦健闘することはたまにあるものの、これは上等。安っぽいのに不可思議がある。出発は物まねだが終着に映画的サスペンスがある。追随者なのにオリジナルを思わせる。ヤワでポップでメロディアスなのに、硬くて孤独で拒絶的なのだ。


plus two:
11.ジョン・コラピント『著者略歴』(横山啓明 訳 早川書房 刊)。

野望に燃える作家志望の遊び人キャル・カニンガムは、ルームメイトの地味な苦学生スチュアート・チャーチが秘密裏に書いていた小説をある日盗み見てしまう。それは他ならぬキャルを主人公に据えた傑作だった。スチュアートはキャルが話していた喋りを書き留めていたのだ。一読するや激しく動揺するキャル。その矢先、新たなニュースがキャルを襲う。そのスチュアートが交通事故で死んだのだ。「これは自分の小説なんだ。自分の話が元なのだから…」。スチュアートの原稿を自分の名前で出版社に持ち込むキャル。「驚異の天才新人作家キャル」の誕生。突然の富と名声と栄光。すべてキャルが毎夜夢見たものである。しかし、そこに第3の人物である謎の女性が現われる…。少々擦り傷はあり、プロット自体に新奇な点はないものの、描写がたっぷりに肉付けしてくれるコラピントの小説第1作は、著者本人が言っているように、ページをめくる興奮という読書の初期衝動を思い出させる。


12.MARIANNE FAITHFULL <SEX WITH STRANGERS>。
LIPPS INC.の<FUNKYTOWN>、TRIOの<DA DA DA>、TROGGSの<WILD THING>の3つを全部含んだ近年ただ1つのポップ・アンド・ダダ。同時にファンク・アンド・ダダでもある。このシングルのカヴァー写真はアルバムのものよりも幾分マン・レイ的だ。それはちょうど、絵の具で色付けされたレイヨグラフのように見える。


メールの最後にこうあった。『ベルリンだからといって別にダダとはあまり関係がなく、どちらかというと、むしろ原発の方に関係ある毎日です。どう? 来たくなくなった?』。

中野利樹 (TOSH NAKANO)♠

Terms of Use, Copyright © 2017 The Art of Listening. All Rights Reserved.








▲ back to TOP ▲
inserted by FC2 system