REVIEWS

yamashita tatsuro 2000t of rain

仕事の合間を縫って、東京神田神保町古書街の北沢書店に立ち寄った。今は2階のワンフロアのみ営業の洋古書専門店に様変わりしているその書店、多感で生意気で、来る者拒まず去る者追わずの無敵の学生時代にしょっちゅう出かけていった想い出の場所の1つである。当時おそらく間違いなく、音楽を中心とする現代カルチャー全般を扱う洋書店としては、ピカピカの新刊からレアな古書まで日本随一の在庫と対応を誇っていたはずだ。洋書の個人注文はまだ4、5ヶ月近くかかるのもしばしば通例で、そんなカタツムリな事情の中、北沢さんはほぼ3ヶ月前後で欧米のあらゆる音楽洋書を届けてくれた。自室の本棚の中にはオシャレな収入印紙のような、薄い深緑色をした切手大の北沢書店の購入済シールの貼られた洋書が、今も少なくとも30冊ある。

その立ち寄りは自分にとってある種の恩返しのような行動だったかもしれない。そんなつもりはなかったのだけれど、前の夜に「北沢さんに行かなきゃ」と思う小さな出来事があったのだ。「北沢シール」の1冊から、購入当時に書かれたと思われるメモが出てきた。シャープペンシルで書かれた、多少擦り切れて薄くなった古い自分からの伝言は、それでも立派に読めた。およそ30年ぶりの再読である。縦7.4センチ、横5.2センチの、少し黄ばんだA8の小さな白いメモ用紙にはこう書いてあった。

2000t
メタルマスター頭

自分が書いた昔の言葉を自分で「解読」するのはなかなか楽しい。「メタルマスター頭」とは、当時まだ全盛で最近また再評価されつつあるカセットテープ、その最高級グレードのメタルテープのことで、SONYから発売されていた最重量級の逸品テープ="メタルマスター" の先頭部分に上の曲を録音するという司令だ。もう全然憶えていなかったけれど、でも分かる。

2000tとは<2000トンの雨>。山下達郎が1978年のサード・アルバム『GO AHEAD!』の最後に収録した、文字通りパーフェクトな、完全なる3分8秒だ。

見えるものは
指の間を
つたって落ちる


美しい日本語の響きが、そこにまず聴こえる。リアルタイムで聴いた時、日本の俳句の魅力と奥深さを初めて知った外国人のように、その完璧な出だしと歌い出しに、ひときわ流麗なサウンドと言葉が織り成す寡黙の優美に、いきなり開ける視界と静止の重力に吸い寄せられていった。曲を聴く前に、どんな期待も文脈も、僕は実質的にその場には持ち込んでいなかった。ただ単純にそれをかけ、そこに突然「完全な瞬間」が現れたのだ。

道のむこう
そびえ立つタワー
もうすぐ空へ
届くだろう

主人公の心象をエレガントに引きずる鮮やかなシンコペイションのドラムス、その心象と心音をバックアップする小節末尾のパーカッション、音の壁=フィル・スペクターゆずりの分厚く暖かいウォール・オヴ・サウンドの音場設定、四方に八方に心の手を伸ばして発泡のように拡がり続けるコーラス、作者兼アレンジャー兼ヴォーカルの山下達郎の25歳の新鮮でナチュラルで、傷でいっぱいで、友達のようで自分のようで、深遠でもある声。

そのアルバム『GO AHEAD!』は1978年の12月20日に発売されたのだが、僕はそれをその年の自分へのクリスマス・プレゼントとして12月25日に買った。はっきり思い出すのは、当時よく通っていた「滝沢レコード店」のお兄さん (創業者滝沢さんのジュニア) が会計の時にくれた一言だ ―― 「山下達郎、外人みたいだよね」。「うん。日本の外人ね」。前日のイヴはまだ今のようにポピュラーではなく、あくまでも25日こそが「Xmas」。お兄さんはいつも、どんなお客にも区別なく「お買上げありがとうございます」とにっこり言う人で、僕はそのやさしいプロの応対が好きだった。その日はラッキーなクリスマスで、滝沢さんが「ケーキ,家にあるの? ウチに余りあるから、よかったらこれどうぞ」。白地に赤い横線の入った箱。中身は長方形に4等分された、特大のイチゴの乗ったショートケーキだった。

僕の
想い
何ひとつ
伝えるすべも
ないのに

パーフェクトな音の俳句の瞬間は途切れず、クリスマスに買って帰った少年の冴えない世界を10秒ごとに美しくしていく。そのうち気づいた。山下達郎は、出来る限り少ない言葉で出来る限り多くを伝えようとしているのだと。

その曲はポップソングの通常の創作過程を通らず、本来であれば「生まれる運命にはなかった曲」だった。AMラジオでやっていた文化放送のリクエスト番組「電リク '75」のエンディング用のテーマ・ジングルと、彼が参加していた初代ナイアガラ・トライアングル時代の1975年頃に作った「ナショナルまきまきカール」のCMソングとが楽曲として既に先にあり、3年後のアルバム『GO AHEAD!』の準備中に初めて「本当の歌詞」が付けられ、音楽全体が手直しされた。そこから2000トンの雨は本当に降り始めた。みずからの生を長く、永く生き始めたのだ。

10年前のラジオで初めて本人の口からその制作エピソードを聴いた時、2002年にリマスター再発された際にアルバムに追加収録されたこの曲のバックトラック=インストゥルメンタル版を引っ張り出して聴き、歴史の偶然と必然、運命という事象の存在、それを信じる人と信じない人のことを思い浮かべ、個人が好きになる個人、モノ、音楽、本、映画、芝居、絵画は、その個人の遺伝子のどこかに、実はある時点で前もって書き込まれているのではないか、現代の先端科学はまだそれを解明していないだけじゃないか ―― 脈絡も根拠もないそんな考えが、カラオケ版の<2000トンの雨>のシンコペイションとコーラスに乗って2000トンの浄水場に流されていく脳内光景をじっと見送っていたのだった。

心すこし
洗われたなら
救われるとき
あるだろうか

真っ赤な瞬間が訪れる。「あるだろうか」は、実際には「あるだ――ろぉか」で、歌詞カードを見ないで聴いていた僕は「ある」の時点で、次は「だろう」だなと思って聴いていたのだ。実際にはわずか1.5秒のその「だ――」は僕の五感の中で一瞬止まり、無重力のカウントのように浮き上がり、周囲の生活空間を回って通り抜け、もうすっかり暗かったクリスマスの夜空に手を差し伸べて拡散した。「…ろぉか」。あるだろう、ではなく、あるだろうか。主人公はその「ろぉか」を宙空に差し出し、両手で慎重に置いた。そこに専用の棚が、特注の保管庫があるかのように。まるでその一音節だけが特別な生き物であるかのように。わずか1文字加えただけの彼の間合い、文学、優しさ、孤独、誠実、微笑、抱擁、未来は、クリスマスの物憂げな少年をステレオ・コンポの前で嗚咽させた。誰も見てやしない。かまうもんか。こんなクリスマスは今までなかったのだから。

いまは
耳を
澄ますだけ
炎と
雨の
響き

3次元に反響する吉田美奈子の、午前0時の太陽のようなコーラスの光が降り注ぐ。歌唱が中断され、間奏が入っても<2000トンの雨>の完璧な音世界、簡潔でリッチな音世界は変わらなかった。そのサックスの音色でさえ、少年には言葉なき俳句の無限の読み上げに聴こえ続けた。無から有が、未来を信じる強い気持ちが、その曲の中で次々に生まれ続けた。

2000トンの
雨が
降れば
僕は
今日も
ひとり

2000トンの雨。もしも1時間に1ミリの雨が1平方メートルの面積に降れば、0.1センチ×100センチ×100センチだから、=0.1×10000=1000立方センチ=1リットル=1キロ。計算上では1時間で1キロの重量になる。山下達郎の主人公が立っている場所が1平方メートルよりも広い事を考えても、2000トンの雨=1キロの1000倍の2000倍だから、局所的に考えればとてつもないゲリラ豪雨だ。

終始変わらぬリズムとハーモニーと抑揚を主人公に与え続けるシンコペイションとコーラス、それは個人に何があっても変わることなく続く「時間」の大きさと奥行き、冷たさ、それに偉大さを伝え続ける。この曲の3分8秒がカセットテープ2本分のリピートで3時間8分になっても、その間に母親に「ごはんよ。降りてきなさい」と階段の下から言われても2000トンのゲリラ豪雨は止まなかった。何十回目かのリピートが終わると、僕は2階の部屋の3カ所の窓を全部明け「寒くなりたかった」のを憶えている。窓の1つから見える1978年のクリスマスの夜10時は、文字通り雲1つない快晴といっぱいの星だった。

あの孤独の部屋の孤独ではない美しい寒さ、大切な寒さから40年近くが経とうとしている。人間は40年でそれこそ別人に変わるけれど、音楽は別人にはならない。北沢書店に行く道中、地上の電車で座り、地下鉄ではドアの近くに立ち、方法は違っても、あの夜と同じように<2000トンの雨>をリピートする。でも果たして、自分はずっと実際は成長はしていないのだろうか。大層なことを言っても書いても、結局キミはあの時のませガキのまま、だからまだもっと頑張りなよ、そういうことなのだろうか。最新の自分が最上の自分だとは限らない。最新の作品が最高作だとは限らないように。軽々しい答えを安易に許さない、気休めや慰めを門前で鋭く払いのけるような問いを頭の中でぼーっと横断させながら、推定乗車率およそ107%の電車は駅に止まった。

地下鉄のドアが開き、階段を上がると神保町の地上の夕方の風がすうっと吹いていた。伝わらなかった会話、果たせなかった約束、行き違ってしまったままの真実…。この曲の主人公はどれだけ多くの言葉を歌詞から外したのだろう。そうせざるをえなかったのだろう。その最小のポップの俳句に、残ったどれだけの真実を精一杯に全力で放り込んだのだろう。再生の音量を調節して歩きながら、主人公が歌わなかった、歌えなかった無数の言葉のことを考え、その無数は恩返し当日の自分自身にも降り注いだ。40年のうちに通り過ぎた、数限りない現実上のさまざまな3分8秒。そのうち、あのクリスマスの独りの夜の<2000トンの雨>と同質な3分8秒は、おそらくいまだに訪れてはいないのだ。

最後の角を曲がる頃、小雨が降ってきた。2000トンどころか、せいぜい20キロぐらいの雨量だ。クリスマスにはまだ1週間以上早かったけれど、傘なしで歩いた「20キロの雨」の神田神保町午後6時に繰り返された<2000トンの雨>は、1978年12月25日の大切な幸福、目覚め、涙、暖かさ、寒さ、世界、じぶん、ひとり、ひとりじゃないを、時間と空間を超えてイヤホンの直径1センチの2つのシリコーンのパッドから再配達した。その音と声との簡素で完全なドラマの総体はこの先も、どんな人間にも訪れる多感期よりも長く、止むことなく優雅に、見事に降り続いてゆくのだろう。人と違っていること、人と違うかもしれないことを感じ取ることは恥じる欠点でも怖れる懸念でもないことを、その3分8秒は聴く者に静かに普遍に、強靭に教え届けた。曲の主人公とそれを歌った山下達郎、2人自身が最初にそうだったのである。

人間だけではなく、場所もまた変わる。30年前、この界隈ならではの特別の匂いと活気で充満していた古書街は、かつての意味の上では今は同じ「街」ではないかもしれない。けれど北沢書店に、あの頃の威厳と風格はまだしっかりと残っていた。10年ほど前にリニューアルされても変わらなかった、ヨーロッパ建築のような金色の輝く二重手すりの螺旋階段と高い天井。1階を貸し出して2階のみの営業になっても、気の引き締まる知と精の雰囲気がここにはまだある。嬉しかったことがもうひとつ。匂いである。30年前と同じ匂いがしたのだ。本屋さんだからどこも似たようなもんでしょ? いや違うのだ。粋なレコード屋さんの匂いが1軒1軒違うように、本屋の匂いも違う。それは疑いなく「あの北沢書店の薫り」だった。目隠ししていても余裕で当てられるくらいに。ショートケーキのイチゴの大きさと、1.5秒の無重力のように。

中野利樹 (TOSH NAKANO)🍀

Terms of Use, Copyright © 2018 The Art of Listening. All Rights Reserved.








▲ back to TOP ▲
inserted by FC2 system